アイドルに熱狂する女性を描いた2つの作品が、展開は対照的ながらヒットしている。ドラマ「だから私は推しました」(NHK)とマンガ「推しが武道館いってくれたら死ぬ」(月刊COMICリュウで連載中)だ。
特に「だから私は推しました」は急展開を続けるストーリーが反響を呼び、2019年9月14日の最終回に向けて、視聴者の関心を集め続けている。
いずれもアイドル界でも人気の低い、マイナーな地下女性アイドルグループを応援する、女性のオタク(ファン)が主人公という共通点がある。実は女性のアイドルオタクは昨今少なくないという。彼女たちを主人公に据えた作品がヒットしている理由を、実際のファンとアイドルの関係も含めて探った。
「だから私は推しました」のリアルさ
19年7月27日に放送が始まった「だから私は推しました」は、平凡なOLの遠藤愛(演:桜井ユキさん)が、5人組の地下アイドル「サニーサイドアップ」(通称サニサイ)のメンバー・栗本ハナ(演:白石聖さん)をふとしたきっかけで全力で「推し」始めるようになり、サニサイやオタクをめぐる事件に巻き込まれていく。
アイドルにも詳しいドラマ評論家の成馬零一さんは「だから私は推しました」のアイドルやオタクの描き方をこう評価する。
「ライブハウスの描写や、劇中に登場するアイドルのディテールももちろんですが、一番リアルなのは、現場に集うオタの描写だと思います。特にオタクリーダーの小豆沢大夢(演:細田善彦さん)はリアルだなぁと思います。オタクってコミュニケーションが苦手な人たちの集まりだと思われがちだけど、ファンコミュニティを引っ張るリーダークラスの人は社交性がある人が多くて、そういう人があちこちに居たりします。
頻繁に登場するアイドルオタクたちの飲み会の会話も生々しくて、男ばっかりの中に紅一点で女オタクがいるって状況も、あるあるだなぁと思います。そういうアイドル現場の人間関係がもたらす狭い世界の居心地の良さと悪さがすごく丁寧に描かれているので、見ていると息苦しくなります」
オタクコミュニティの中で一人、人気もサニサイで最下位クラスのハナを応援する愛の心理についてもこう推察した。
「推し(アイドル)とファン(オタ)の関係というと、外からは疑似恋愛的なものとしてとられがちですが、それだけだとは言い切れないんですよね。アイドルと個人的に仲良くなることよりも、もっと違う欲望で動いているところがあるように思います。カルト宗教にハマるような状態だと愛が友人から指摘されていましたが、現場に生まれたオタクコミュニティを自分の居場所だと思っている人もいるし。地下アイドルを押し上げる運動を文化祭感覚で楽しんでいる人も多いかと思います」
成馬さんは、アイドルのハナにハマる「リア充女子」の愛を主人公にしたことで、疑似恋愛とは違う、信仰や居場所探しとしての地下アイドルとしての側面を本作は描きたかったのではないかと考える。
さらに本作はアイドルとファン、あるいはファン同士のトラブルも描き出すなどアイドル界のダークな面も物語の核になっており、ミステリードラマの要素も持っている。それがアイドルファンに限らず、アイドルに何となく興味がある一般人の興味も引き、青春サスペンスドラマとして楽しんでいるのではと成馬さんは分析している。
「推し武道」でもリアルに描かれる女性アイドルファンとは...
15年から連載開始し、20年1月からのアニメ放映も決定済みの平尾アウリさん作「推しが武道館いってくれたら死ぬ(通称推し武道)」も、岡山の地下アイドル・ChamJamのメンバー・市井舞菜の熱狂的オタクである女性「えりぴよ」が主人公だ。えりぴよをはじめとするオタクたちの生き様やChamJamとの交流が描かれている。
「だから私は推しました」の遠藤愛も「推し武道」のえりぴよも共に女性で、推しのアイドルに惜しみなく時間と金を注ぐ「トップオタ(TO)」と呼ばれる部類の熱狂的なオタクであるところまで共通している。
両作はフィクションではあるが、女性のアイドルオタクは実際に存在し、その数は決して少なくない。自らもハロー!プロジェクトの長年のファンであるアイドルライターの乗田綾子さんは、同性を応援する女性のアイドルファンの実態をこう推測する。
「例えばここ10年ほどの間に女性ファンが急増し、そのまま定着しつつあるハロー!プロジェクトの場合は、規模の大きいライブ会場だと客席の半分が女性ファンという光景も珍しくなくなってきました。
いわゆる『地下アイドル現場』だと、やはり客席を埋めるのは圧倒的に男性ファンになりますが、それでもどんなに小さなライブの会場でも、熱心な女性ファンが応援に来ている姿は必ず見かけますね。彼女たちはライブ後の特典会、握手やチェキ撮影にも、男性ファンと変わらぬ知識や熱量で参加していきます」
遠藤愛やえりぴよのような女性は確かに実在するようだ。乗田さんはさらに、
「『女性アイドルを応援する女性ファン』は急に出現してきたわけではなく、松田聖子さんや中森明菜さんの時代からは確実に、日本社会に存在していたと思います。ただ圧倒的マイノリティとして、ファンコミュニティ以外で気にも留められていなかったその存在は、2010年代の握手文化とSNSの普及によって可視化され、外部からもわかりやすく認識されるようになっていきました」
と考えている。ネットで気軽に趣味を公表し同好の士がつながれる時代になり、同性アイドルを推す女性たちも目立つようになったといえる。珍奇の目で見られることもあるが、当人たちの気持ちは真剣だ。「推し武道」のえりぴよが舞菜を応援する様などはコミカルながらも「積む」「塩対応」といったアイドル界の用語を使ってリアルに描かれており、男女問わずアイドルファンの共感を呼んでいる。
彼女たちはなぜ「推したくなる」のか
フィクションの中とはいえ、リアルな描写で興味と共感を呼ぶ女性アイドルオタクたち。同性でもアイドルを応援する人々の心理についても乗田さんに聞いてみると、
「平成に育った現20~30代のアイドル観そのものを振り返ると、女性グループであればモーニング娘。やAKB48、男性グループならSMAPや嵐と、身近な国民的アイドルはいずれも『物語への共感』が重要なキーワードとなり、人気を獲得していきました。その視点を踏まえると、アイドルの性別や年齢ではなく、自分が物語に共感していけるかどうかだけを、ファンはそれぞれの感性に基づいて見ているのだと思います」
と答えた。「物語」とは、アイドルそれぞれの経歴・性格などを指し、そのような内面にファンは共感できるものを見出し、応援するようになるという図式だ。「だから私は推しました」の遠藤愛も、歌もダンスも不器用で人見知りのハナに、会社や友人のコミュニティで消耗していた自身と共通するものを見出して、すべてを彼女に注ぎ込んでいく。乗田さんは、
「現在の女性アイドルと女性ファンの関係性というのは、ちょうど過渡期のようなもので、社会に残存している物珍しさと、当の女性ファンたちが発している生々しい熱量が、SNS上で激しくぶつかっている最中にあります。現在進行形の、人間と人間の感情のぶつかり合いから生まれているコンテンツが、人々の心を広く掴んでいくのはある意味必然の流れのように思います」
とも両作のヒット理由を推測する。こうしたオタクたちのエネルギーが、作品に投影されて世間の共感を呼んでいるのだろう。
(J-CASTニュース編集部 大宮高史)