2019年8月3日と4日未明、米国で立て続けに銃乱射事件が起きた時、私は米中西部ウィスコンシン州にある人口2,600人ほどの小さな町にいた。1年間、交換留学生として学んだ高校の同窓会に出席するためだ。ここは北海道のような酪農地帯だ。
前回の記事「銃乱射の日常めぐる『思い』を聞く」に続いて、銃が身近な地元の知人の話を紹介したい。
夫からプレゼントされた銃
キャシー(仮名、60)は、車の通る田舎道から数十メートル入った森のなかで、ひとりで暮らしている。通りから家が見えないので、私と共通の友人は「もし彼女に何かあったら」と心配している。
彼女の家には、保身用にアンティークの銃がある。亡き夫が、数年前にプレゼントしてくれた。この辺りは犯罪率が低く、家の鍵をかけないところも少なくない。
「町中に住んでいたら、もっと銃の必要性を感じるのだろうけれど。それでも、銃があると心強いわ」とキャシーは言う。
敷地が広いので、ペットボトルを標的にし、夫から射撃の指導を受けた。実際に銃を使ったのは一度だけ、飼っているハトをアライグマが襲った時だ。その辺りは野生動物を追い払ったり、ハンティングしたりするので、住民が銃声に驚くこともないという。
「銃規制で善良な市民から銃を取り上げることには、大反対だわ。犯罪のために銃を手に入れたい人は、必ず手に入れる。そうなれば、悪者から身を守る手段が奪われ、より危険な社会になる。相手が銃で襲ってきたら、私はナイフで対抗しろと言うの? 銃を保持する権利、憲法修正第2条を強く支持するわ」
しかし、銃が保身のために使われることはほとんどない、というデータもある。
教師は学校で銃を持つべきか
憲法修正第2条には、「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない」とうたわれている。
キャシーは「残酷なまでにぶちあけた話をするとね」と断りながら、「学校で校長をはじめ教職員が、銃を携帯すべきだと信じているの。そうすれば、学校での乱射事件はなくなる。教職員が銃を持っていると知ったら、学校に銃で押し入ってこようとは思わないでしょう」と言い切る。
2018年2月、フロリダ州の高校で起きた乱射事件の直後、トランプ大統領は「教師たちが特別な訓練を受け、防衛のために学校で銃を携帯すべきだ。教師だからこそ、愛する生徒たちを守れるのだ。銃のない学校は、心に病を持つ臆病者の格好の標的になってしまう」と訴えた。
これに対し、民主党支持者らを中心に「教育の場に銃を持ち込むとは」、「学校は戦場ではない。必要なのは銃でなく、銃規制だ」と激しい批判の声があがった。
「トランプは好きじゃないけれど、それについては全面的に賛成する」とキャシーは言う。
「でも、殺傷能力の高いアサルトライフルなどは、絶対に必要ない。法律で厳しく規制されるべき」と彼女は繰り返した。
「あなたの夫も銃を持っていたのね」と聞くと、彼女はしばらく沈黙し、「私の夫は銃マニアだったの。アサルトライフルも持っていた。たぶん不法に手に入れたのだと思う。でも、夫のものだし、見て見ぬふりしていた。家のあちこちに弾丸を込めた銃があったわ」
確かウィスコンシン州は銃規制が甘いと記憶していたので、そのあとで私が確認すると、全米50州のうちウィスコンシン州を含む43州には、アサルトライフルに関する規制がない。同州ミルウォーキーの銃販売店2店に電話し、間違いないことを再確認した。
ウィスコンシン州ではアサルトライフルに関する規制がないと私が伝えると、キャシーは驚いた。
ドラッグに溺れた夫が手にした銃
すぐ手に届くところに銃があることで、例えば夫とキャシーが口論になった時など、銃に手を伸ばすのでは、と恐怖を覚えたことはないのだろうか。ある調査によると、アメリカ人の成人の23%が、自分や家族が銃で誰かに脅された経験があるという。
「彼とはとっても安心して暮らせたわ。もし誰かが家に押し入ってきても、弾丸を込めた銃をすぐ手に取ってくれるもの」とキャシーは笑った。
そして、しばらく沈黙したあとで、「でもじつは、それが離婚を決心した理由のひとつでもあるの」と答えた。
彼女の夫は癌と診断され、強力な鎮痛薬としてオピオイド(モルヒネのような作用のある合成麻酔薬)を医者に処方されたことがきっかけで、メス(メタンフェタミン。日本ではシャブやスピードなどと呼ばれる)のような強い中枢神経興奮作用のある、依存性の高い覚醒剤などに手を出すようになった。
「ドラッグによって脳が侵され、夫はまるで別人になっていったわ。銃を手にとって自殺しようとしたことも何度かあって、それがいつか自分にも向けられるかもしれないと恐ろしくなったの」と話す。
ドラッグに溺れる前の、穏やかにほほ笑む彼女の夫に会ったことがある私は、とても信じられなかった。彼は結局、離婚前の2018年暮れに、麻薬の過量摂取で亡くなった。
銃を持つ権利を主張する人のなかにも、殺傷能力の高い銃の一般市民への販売禁止やバックグラウンドチェック強化を支持する声は強い。しかし、こうした銃規制の動きは、「銃が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ」をモットーとする全米ライフル協会(NRA)や、共和党議員の反対で難航してきた。
銃規制の動きで銃を買い求める人が増える
今回、立て続けに起きた銃乱射事件後も、民主党支持者らから銃規制に弱腰だと批判されているトランプ氏は、「私はこれまでの大統領とは違う。NRAを説得するのはそんなに難しいことではない」と豪語した。
これに対してNRAは、2020年の次期米大統領選に向けて、銃乱射事件が政治に利用されていると非難、バックグラウンドチェック強化に反発している。
NRA最高責任者のウェイン・ラピエール氏は、「この件について、トランプ大統領や主要な指導者と個人的に対談するのは気が進まない。これまで出された多くの提案は、米国の多発する暴力の問題の根っこを取り上げ、犯罪行為に正面から立ち向かい、我々が暮らす社会をより安全にするものではない」とウエブサイトに声明を発表している。
キャシーは夫の死後、銃をすべて夫の兄弟に預け、鍵をかけて保管してもらっている。「銃が何丁もうちにあることを夫のドラッグ仲間は知っていたから、盗んで人を撃ったりしたら大変だと思った」からだ。
銃はその後、誰の手に渡るのだろうか。夫の兄弟のひとりも覚醒剤に手を染めている。「銃を譲られた人のバックグラウンドチェックはない」とミルウォーキーの銃販売店の店員は言っていた。銃が買い手から誰の手に渡ろうと、それを辿るのは不可能に近い。
そのほとんどは、安全に保管されていると言われているものの、今、米国で一般市民が約1500万丁のミリタリースタイルの銃を所有している。銃全体では約3億丁に及ぶ。銃乱射事件が起こり、銃規制の動きが高まると、銃を買えなくなると心配し、買い求める人が増える。
「皆が銃を手にすれば、安全な社会になる」――。
キャシーは何度もそう、繰り返していた。
(この項終わり。随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。