2019年8月3日と4日未明、米国で立て続けに銃乱射事件が起きた時、私は米中西部ウィスコンシン州にある人口2,600人ほどの小さな町にいた。1年間、交換留学生として学んだ高校の同窓会に出席するためだ。ここは北海道のような酪農地帯だ。
今回は2回に分けて、銃が身近な地元の人たちの、銃への思いを紹介したい。
「今度はどこ?」
テキサス州エルパソの事件は、同窓会が始まる3時間前に起きていた。同窓会が開かれた町中のバーには、テレビのスクリーンがいくつか設置されていた。あとから思えば事件について報道していたはずだが、私はまったく気づかなかった。旧友たちも知ってか知らずか、その話をしなかった。
旧友のひとりは、「銃乱射事件が起きたらしいというのは映像からわかったけれど、バーのなかはうるさくて音声が聞こえなかった」と話していた。
私はその日、朝から外に出ていて、旧友や元教師、町の人たちと言葉を交わしていたが、事件の話をする人は誰もいなかった。翌朝ニュースを見て、エルパソの銃乱射、そしてその13時間後の4日未明にオハイオ州デイトンで起きた銃乱射事件について、初めて知った。
テレビの近くにすわっていた友人家族は、「また銃乱射か」、「今度はどこ?」と言うだけで、おしゃべりの合間にちらちら画面を見ている程度だった。その1週間前には、カリフォルニア州のギルロイで、銃乱射事件が起きたばかりだ。
その週末はちょうど、町でカウンティフェアが行われていた。年に一度の郡のお祭りで、農産物や家畜の品評会やゲームなどが行われる。人々は何事もなかったかのように、トラクターや馬の牽引レース、特設の遊園地の乗り物、アメリカンドッグやビールなどの飲食を楽しんでいた。
人が集まる場所で銃乱射が起きるのでは、といった懸念はまったく感じられなかった。
銃規制だけでは根本的な解決にはならない
地元紙の取材でアルバイトとして来ていた知り合いの大学生ナッシュ(22)と、フェアでばったり会った。同州の州都マディソンにある州立大学でジャーナリズムを専攻する彼は、首都ワシントンで半年間、民主党寄りのテレビ局でインターンの経験があった。
ナッシュは、「銃乱射事件があまりに頻繁に起きるから、僕たちアメリカ人は事件に対して免疫ができ、もう鈍感になってしまっているんだ」と私に話した。
ウィスコンシン州では、多くの家庭にハンティング用のライフル銃がある。狩猟は生活の一部で、その時期になると、家の前の木々に射止めた鹿がぶら下がっている。解体した大量の肉は冷凍庫で保存され、やがて食卓にあがる。
ナッシュは、リベラル派が多い都市部と保守派が多い地方とでは、銃に対する思いが違うという。
「都市で生まれ育った人にとって、銃のイメージは犯罪だ。地方ではスキート射撃(オリンピック競技種目にもあるクレー射撃の1種目)や狩猟といったスポーツだ。僕が初めて鹿をハンティングした時、ハンター・セイフティー・コースを受けた。銃の危険性を知っているからこそ、銃に対する畏敬の念が生まれる。もちろん、銃を邪神として崇拝しているわけではないけれど、都会で生まれ育った人には、僕らの銃に対するそういう思いをなかなか理解できない。
僕と同じようにハンターのなかにも銃規制を支持する人たちはいるが、銃を取り上げられることには抵抗がある。その必要はないだろう? 銃の恐ろしさを理解し、きちんと扱っているのだから」
銃が容易に手に入らなければ、銃による事件は起こりにくい。銃購入時の厳しいグラウンドチェックや、殺傷能力の高いアサルトライフル所持の禁止など、銃規制は不可欠だとナッシュは考えている。
「でも、それだけでは根本的な解決にはならない。多面的に取り組む必要がある。人の命を奪いたいやつは、銃がなければ別の手段を考える。自分で爆弾や銃を作ることもできる。フランスのニースで通行人にトラックが突っ込み、80人以上が亡くなったケースもある。なぜそのようなことが起きるのか。そこを考えなければ、意味がない」
銃による死者はすでに9295人
3Dプリンターで殺傷能力のある銃を作成し、逮捕される事件が日本でも起きている。手にするべきではない人の手に、凶器が渡らないようにするにはどうすればよいのか。
「犯人のほとんどは、白人の若い男だ。メンタルヘルスの問題は大きい。SNSでの危険な発言を監視するというのもひとつだが、それは干し草の山のなかから針を探すようなものだ。今回のような銃乱射事件を、メディアがカバーするべきじゃないと思うこともある。犯人に注目を浴びさせるだけでなく、ほかの事件を誘発することになる」
トランプ大統領は、「銃乱射は心の病が原因だ。誰もそれに触れようとしないが、引き金を引くのは、銃ではなく人間だ。関連機関の設立を」と訴えている。
これに対して、コロンビア大学の精神分析医は、「精神疾患者による銃乱射事件は全体の22%にすぎない」と反論。心理学の専門家らも、「銃乱射を心の病と結びつける根拠はない。心の病を抱える人の割合は世界中でさほど変わりはないのに、我が国のように銃乱射がひんぱんには起きていない」としている。
心の病を抱える人たちがSNSで、「自分は殺人など犯さない」とトランプ氏に怒りをぶつける。同氏を支持する人たちは、「怒りや嫌悪感を抱いても、普通は殺害にまで及ばない。やはり、心の病があるからだ」と主張する。
トランプ氏は「暴力的なビデオゲームの規制」も訴えているのに対し、「銃規制から目をそらしている」と批判されている。
その後、8月14日にはペンシルベニア州フィラデルフィアで、警官6人が銃撃されて負傷した。こうした事件は、米国内で毎日のように起きている銃撃事件の氷山の一角にすぎない。非営利団体「Gun Violence Archive」によれば、自殺を除く銃による死者が今年に入ってすでに9295人という信じられない数だ(2019年8月17日現在)。
万が一の時のために、自分や家族の身を守るために銃を家に置いている、というこの町の別の男性(60代)は、「私は責任持って、銃を保管している。合衆国憲法修正第2条で謳われているように、個人が銃を持つ権利は守られるべきだ」と言った。
修正案第2条には、「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない」と書かれている。
(次回に続く。随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。