本日、8月16日は「女子大生の日」。なぜかというと、1913年のこの日は、東北帝国大学(現・東北大学)が女子受験生3人の合格を発表し、日本で初めて女子大生が誕生した日なのだ。
当時の大学は、旧制高校を卒業した男子学生のための学校という位置づけであり、女性が大学に入学することはまったく考えられておらず、画期的な出来事だった。
そのうちのひとりが"黒田チカ"という、後に日本初の女性理学博士ともなった女性だ。黒田チカさんとは、どんな人だったのか。母校・お茶の水女子大学の公式サイトに掲載された伝記を参考に、ざっと生い立ちを振り返ってみたい。
女性が大学に進学できなかった時代
黒田さんは、1884年佐賀県に生まれた。「これからは女子にも学問が必要な時代がやってくる」と考えていた進歩的な父親のもとで育てられた。
17歳で佐賀師範学校を卒業して、1年間の義務奉職の後、当時の女子にとって最高学府だった東京の女子高等師範学校理科(お茶の水女子大学の前身)に進学した。黒田さんは、文系、理系どちらの勉強も好きだったが、理科の実験は学校じゃないとできないと考えて、理科系を受験し、見事合格を果たした。
師範学校を卒業する際、化学が一番好きになり、もっと勉強したい気持ちがありながらも、当時の帝国大学はそもそも女子が受験すらできない状況だったので、どうしようもできなかった。