国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督をつとめるジャーナリスト・津田大介氏は開幕前、インターネット番組に出演し、結果的にわずか3日で中止となった企画展「表現の不自由展・その後」に対する強いこだわりを語っていた。
「天皇」をモチーフとする作品が展示される可能性があることにもここで触れていた。津田氏はどんな思いを抱いていたのか。
「表現の不自由展・その後」への思い入れ語る
あいちトリエンナーレは2019年8月1日に開幕すると、企画展「表現の不自由展・その後」では昭和天皇とみられる写真を燃やす映像作品などを展示して物議を醸し、3日に展示中止となった。
開幕約4か月前の4月8日、津田氏は哲学者の東浩紀氏とともにネット番組「ニコニコ生放送」に出演し、「あいちトリエンナーレの裏側を語る」とのテーマでトークしていた。冒頭、同芸術祭のコンセプトとして「情」という言葉が深く関わっているとし、「感覚によっておこる心の動き(→感情、情動)」「本当のこと・本当の姿(→実情、情報)」「人情・思いやり(→なさけ)」と主に3つの意味があると説明。これを踏まえ、
「世界を『対立軸』で解釈するのではなく、直感に訴えるアートの持つ力、『情け』をフィーチャーしようと。具体的には、アートというのは揺れ動く人間の『感情』や『情動』を取り上げても作れるだろうし、『情報』テクノロジーをモチーフにしたアートも作れるだろうし、人間が持っている根源的な『情け』や『憐み』を思い出させるような、喚起するような、そういう広いアートがあり得るだろう」
と展望を語っている。
「今回の僕のこだわりはこれです」として番組で紹介したのが、「表現の不自由展・その後」だった。15年に東京都で開催された「表現の不自由展」を受けたもので、津田氏は趣旨をこう語る。
「公立美術館とかで作家が自由に政治的な作品や、炎上しそうなモチーフをテーマにしてやると撤去されたりするわけですよ。そういうものがすごく増えていて、撤去されたものを展示している展覧会だったんですけど、2015年の後にもたくさんあるので、その経緯とともに新しく現物を展示する。公立美術館で撤去されたものを、『表現の不自由展』という展覧会を持ってくる体にして全部展示してやろうという企画です」
その上で「おそらくみんな全然気づいてないけど、これが一番ヤバい企画なんですよ。おそらく政治的には」と話している。
「昭和天皇」モチーフの展示を示唆
東氏は「やっぱり天皇が燃えたりしているんですか?」とおもむろに聞いた。津田氏は苦笑いし明確な回答をためらった。東氏が「天皇制にはどんなお考えですか?」と再度聞くと、津田氏は
「『天皇』というのがひとつタブーになって撤去される事例があって、それは広く知られているので、それはこの展覧会でもモチーフになる可能性はあります」
と答えている。
さらに「こんな令和(改元)でめでたい時に?」と尋ねられると、「令和の今だからこそ、違った意味を感じ取れると思うんですよね」とする津田氏。東氏が「人々は新しい元号ですごく前向きになっている時に税金でそういう...」と言うと、津田氏は
「でも2代前じゃん。2代前になると、人々の記憶も、2代前だし、『なんか歴史上の人物かな』みたいな、そういう捉え方もできるかもしれない、とかね」
と話した。「2代前」、つまり昭和天皇をモチーフにした作品の展示を既に仄めかしていたことになる。
津田氏は、自身が愛知で同企画展を開く意味として、「『表現の不自由展』は(美術家の故・)赤瀬川原平が(同名の展覧会を過去に)やっていた。愛知出身の作家で、愛知の美術館にたくさん作品が所蔵されている。赤瀬川原平にもつなげられるし、面白くなるんじゃないかと思うし、僕がコミットできる企画でもあるので、僕の肝いりの企画としてやりたいと思う」と語り、
「何度もここに人が足を(運んで)、フリーパスを買って見てもらえるような濃い空間にしたいと思っている」
とこだわりを見せている。
「門外漢・部外者」だからやりたかったこととは
その後も津田氏は「特にこだわりたいテーマ」として、「分断/差別/ジェンダー」に加え、「表現の自由/検閲」をあげる。引き合いに出したのは、美術家・会田誠氏が18年4~6月に京都造形芸術大学(東京外苑キャンパス)で公開講座を行ったところ、受講者の女性が19年2月、大学側を相手取って東京地裁に提訴した一件。性的内容を描いた絵画を数多く用いるなどした講義により、環境型セクハラにあったとして女性は慰謝料を請求していた。会田氏は当時、ツイッターで「寝耳に水でした」「その夜のトークは僕の通常運転だったことは確かです」と心境を明かしている。
津田氏は番組でこの会田氏の投稿をスクリーンに映すと、「この問題はこれからの美術業界でも絶対に切り離せない。良い・悪いじゃなくて。そこで『表現の自由と検閲』という問題が出てくる」とし、次のように話した。
「結構あれが深刻だなと思うのは、今まで、見た人が不快になるかもしれないような表現というのは一応美術館がゾーニングで対応してきた、あるいは、ああいうレクチャー形式なら最初に注意喚起することで対応してきた。だけど、それでも予想を超えるようなことで入っていくなり、あるいは大丈夫だと思って入っていって傷ついた時、傷ついたという事実がある時に、どう合意形成を図れるか、調整できるかは考えないといけない」
津田氏は、自身を「美術業界の人間ではない」としている。その自身が芸術監督として同芸術祭に携わることについて、番組では、
「基本的に今回のトリエンナーレは、門外漢がやった、部外者がやったということで基本スルーするというのは、美術業界からの話として何となく聞こえてくる。だけど、スルーできなくさせることはたぶんできる。美術業界の外のメソッドで。それで少しずつ変わっていけば、種くらいまける」
とも述べている。