あの大企業が「炎上」を経験して変化している。日本を代表する飲料メーカーの1つ、キリンビバレッジ。約1年前、看板商品「午後の紅茶」のSNS企画で「午後ティー女子」と銘打ち、「モデル気取り自尊心高め女子」など4つのイラストをインターネット上に公開したが、「女性蔑視」との批判が相次ぎ、わずか数日で謝罪・削除した。
炎上はどう総括され、どう生かされたのか。見直したのは「甘かった」というチェック体制。そして向かったのは「原点回帰」だった。炎上の「その後」について、キリングループの広報を担うコーポレートコミュニケーション部部長がJ-CASTニュースの取材に応じた。
(聞き手・構成/J-CASTニュース編集部 青木正典)
即削除も...問い合わせは2日後まで続く
「お客様にご不快な思いをおかけし大変申し訳ございませんでした」。キリンビバレッジが公式ツイッターで謝罪したのは2018年5月1日10時のこと。原因はその5日前、4月26日にツイッター上で公開した「午後ティー女子」のイラストにある。
「モデル気取り自尊心高め女子」「ロリもどき自己愛沼女子」「仕切りたがり空回り女子」「ともだち依存系女子」とする4枚のイラストは、「午後の紅茶」の無糖タイプ、ミルクティー、レモンティー、ストレートティーをそれぞれ持った「午後ティー女子」の姿が描かれた。「太ってないのに太ったと連発する」「すこし風が吹くとすぐ鏡でヘアメイクチェックする」など、その女性像の特徴が所狭しと書き込まれている。
「女性を揶揄している」と批判がツイッターを中心に殺到し、炎上状態となったのは4月30日の夜。キリンビバレッジのマーケティング部が把握し、関係者で共有した。5月1日の早朝に対策会議を開いて緊急対応に当たり、同日10時に謝罪文をツイッターに投稿。同時に「午後ティー女子」の投稿は削除した。同日の朝からお客様相談室にも問い合わせが相次ぎ、削除後も謝罪内容に対する意見が寄せられた。問い合わせは2日間ほど続いた。
「午後ティー女子」はどのようにして生まれたか。担当チームは社外スタッフ含め十数人おり、男女比はおおよそ6:4、年齢は30歳前後が中心だった。「女子」をキーワードにしたのは、「午後の紅茶」の支持層は女性のほうが圧倒的に多いから。若年層をターゲットとし、10~20代で活発なデジタルのコミュニケーションを図ろうとツイッター施策を選んだ。
想定外だった「炎上」
狙いは午後の紅茶に対する「親しみ」を持ってもらうことだった。キリンホールディングス(HD)広報はこう話す。
「ロングセラー商品ということもあり、我々としては若い女性に親しみを持ってもらうために打ち出した施策でした。『こういう女の子いるよね』という、いわゆる『あるあるネタ』です。
しかし、午後の紅茶というブランドと結びつけたのが反発を呼んだものと思います。『自分は午後の紅茶のレモンティーが好きなのに、こういう風に見られているのか...』というような。外から見て親しみを持ってもらいたかったのが、自分と重ね合わせて捉えられたのだと思います」
批判が寄せられることは全くの想定外だった。昨今はSNSの発達に伴い、意図的に炎上を起こして注目度を上げる手法を指して「炎上マーケティング」と呼ばれるが、これにも全く当たらないという。目標のリツイート数やいいね数といった、明確な数値目標も設けなかった。重要なのはブランド力の向上。だからこそ炎上を重く見た。
「広告を出すにあたって、キリンブランドは必ず守らなければなりません。頂いたご批判の中には午後の紅茶そのものにも厳しいお声がありました」
広告施策に関しては管理のための社内ガイドラインがある。取り下げ(削除)の判断の仕方も定めており、「お客様にご不快な思いを抱かせたかどうか」が最も大きな要素となる(「不快な思い」については後述)。これに該当し得る事象が発生した場合に緊急対策会議を開き、即座に謝罪や削除などの対応をとるか決議する。「午後ティー女子の炎上は皆様にご不快な思いを抱かせ、午後の紅茶のブランド毀損につながるのが明らかでした」というのが会社としての結論。ガイドラインに定める「スピード重視」で対応し、削除と謝罪に至った。
SNSの反応「どこまで思いを寄せてチェックできていたか」
キリングループはすぐに炎上の総括に着手した。消費者の声はどんなものだったのか徹底的に分析。その中で浮かび上がったのは「チェック体制の甘さ」だった。
キリンビバレッジにはもともと「広告倫理事務局」が設置されており、ここが中心になって、社内の広告倫理規定に基づき、広告表現をチェックする体制をとっている。
広告倫理事務局は総務部、コンプライアンス担当、広報担当(コーポレートコミュニケーション部)、お客様相談室担当などが関わっており、広告物のチェック機能を担う。チェックは、お客様相談室に寄せられる声やSNSの反響など、消費者のリアルな声を分析し、会社独自の「オリエンチェックシート」に照らし合わせる。たとえば差別的表現、危険行為を助長する表現、性的表現、事実誤認を招きかねない誇大表現――こうした表現はすべて、受け手の「不快な思い」につながるものとして、事前チェックシートにリストアップしており、該当するか否かを1つ1つチェックしていく。
だが、午後ティー女子の炎上は防げなかった。総括の1つはここにある。
「事務局では広告倫理をよく知るベテランが見ています。『これは差別ではないか。この表記は誇大ではないか』と細かく見るプロです。しかしSNSの反応に関しては、どこまで思いを寄せてチェックできていたか分かりません。時代の変化は激しく、SNS独特の空気は、高い年齢層では掴みきれない部分もあります。我々はこうした部分に対するチェックが十分ではなかったと結論付けました」
「デジタルマーケティング部」のチェックを必須に
キリンHDにはグループ全体のデジタル戦略を統括する「デジタルマーケティング部」がある。企業のネット広告事例研究、ウェブサイト作成、デジタル広告作成、ネット通販ビジネスなどを手がけており、デジタルの知見が集約されている。
SNSでの広告施策については、これまで前出の倫理チェックをして「判断に迷った時」に、広告担当者からこのデジタルマーケティング部に相談していた。だが午後ティー女子の炎上以後は、事前チェックシートを倫理チェックシステムの一部として組み込み、少しでも懸念があれば同部のチェックを「必ず」通すように体制を変更した。さらにデジタルマーケティング部でも判断に迷った場合に備え、「第三者機関」に相談できるよう整備した。チェック体制を二重三重に分厚くしたのである。
キリングループの関係部署を集めた「広告倫理ミーティング」も毎月1回開催するようになった。他社含めた広告事例の共有や意見交換、研修などに取り組んでいる。
「事前チェックシート」のチェック項目も細分化した。たとえば「差別的表現」であれば、どういう「差別」につながるかという項目を増やし、さまざまな具体的表現をチェック項目に落とし込んでいる。広告倫理ミーティングで事例が取り上げられれば、炎上の原因などを分析し、オリエンチェックシートでカバーできているかどうか確認する。
重要なのは「日々の学習の積み重ね」
このような再発防止策に取り組んでいても、「そう完璧にはならないし、信頼を取り戻すには時間がかかる」という。
「オリエンチェックシート含めて倫理チェック体制の見直しは続けています。お客様の声は多様ですし、社会の変化も急激です。SNSの普及によりコミュニケーションも活発化・多様化しており、広告にも必ずいろいろな声があがります。企業としてはもちろん広告表現が誰にとっても不快ではなくなるよう努めていますが、そのために重要なのは日々の学習の積み重ねです。信頼は、1つ2つの施策で簡単に取り戻せるものではありません」
午後ティー女子の炎上で毀損した「午後の紅茶」のブランドイメージ。どう回復していくのか。注力したのは、原点回帰といえる「本来の価値の向上」だった。
「リニューアルし、茶葉の風味を増すなど『おいしさ』を向上させました。それは『午後の紅茶』の本質的な価値であり、お客様が何を求めているかに向き合った結果といえます。
新しいラインナップとして『ザ・マイスターズ・ミルクティー』を3月に発売し、おかげさまでご好評いただいています。甘くないミルクティーで、働く女性のニーズに応えようという商品です。こうした本来の価値、お客様が求める価値を提供していきたいと思っています」
キリンビバレッジのツイッターも日々更新を続けている。「『午後の紅茶』をはじめ、お客様に興味を持っていただけるような投稿を今後も続けていきます。チェックしながら、学びながら継続していくのが大事かと思っています」と話している。
【企業などの広告をめぐって相次ぐ炎上騒ぎ。その中でも増えているのが、女性像・男性像の描写などが物議をかもす「ジェンダー炎上」と呼ばれるものだ。J-CASTニュースでは「ジェンダー炎上のトリセツ」と題し、5つの観点から取り上げる。】