J-CAST記事「『何食べ?』内野聖陽に主演女優賞」への批判 識者に改めて見解を聞いた

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   J-CASTニュースが2019年6月15日、「『何食べ?』内野聖陽に高まる『主演女優賞』の声」と題した記事を公開したところ、読者の皆様から多くの指摘を頂戴しました。

   当該記事は、ドラマ「きのう何食べた?」(テレビ東京系)に出演する内野聖陽さんの演技について、「主演女優賞をあげたい」といったネット上の声を中心に紹介したものでした。指摘はその取り上げ方が、作品が描く同性愛者に対して、理解を欠くものではないか、といった趣旨のものです。

   J-CASTニュース編集部ではこれを受け、2019年3月に「LGBT報道ガイドライン」を提議した「LGBT法連合会」の神谷悠一事務局長、下平武事務局長代理に、当該記事の担当記者と編集長の2人で、改めて見解をお聞きすることにしました。

(聞き手・構成/J-CASTニュース 竹内翔、坂下朋永)

  • 「LGBT法連合会」の神谷悠一事務局長(左)、下平武事務局長代理(右)
    「LGBT法連合会」の神谷悠一事務局長(左)、下平武事務局長代理(右)
  • 「LGBT法連合会」の神谷悠一事務局長(左)、下平武事務局長代理(右)

「性的指向」と「性自認」の混同

   ――当該記事について、率直なご所感をお聞かせください。

神谷悠一氏(以下、神谷) 「性的指向」(恋愛感情や性的な関心がどの性別に向いているか=好きになる性)と「性自認」(自分の性別をどう認識しているか=心の性)に関する認識がごっちゃになって、正確さを欠く内容になるということは、「広辞苑」(2018年1月発売の第7版での「LGBT」の説明に誤りがあったとし、訂正を発表した)を筆頭に今までもよくありました。
 いつも説明しているんですが、性自認が男性で、性的指向が男性に向かう人がゲイ。レズビアンは性自認が女性で、性的指向が女性に向かう人です。よく、「ゲイだから(心は)女性なんでしょ」「レズビアンだから男性なんでしょ」と言われるんですが、そうではない。
   今回の場合、視聴者からのツイートで(※編注:性自認と性的指向を混同した)「主演女優賞」という声があったとしても、その表現をメディアで肯定的に書くと、やや不適切な形になり、いろんな誤解を招いているのではないかと考えます。
   私自身、弟に同性愛者だとカミングアウトした際、その後ずっと「トランスジェンダー(=出生時に割り当てられた性別とは異なる性を自認する人)」だと勘違いされていました。カミングアウトから2年経ったときに、「お前、(兄貴ではなく)『姉貴』なんだろ?」と。弟としても、カミングアウトを受けてからいろいろ考えていたらしいのですが――。このような誤解も、社会のこうした認識が元になっていると考えています。
   今回の記事はいろいろなところで読まれていましたから、さらにあらぬ誤解、偏見につながるということもあるかもしれません。メディアの役割は重大ですから、もう少し丁寧に書いていただきたかったと思います。

   ――ツイッターなどを通じ、読者からいただいた声の中でも、「ゲイの中身は女性というのはステレオタイプ」といった趣旨の指摘がありました。

神谷 端的に言えばそういうことです。確かに実際、同性愛者とトランスジェンダーがごっちゃになってしまうことは、行政でも以前はよくありました。とはいえ、ここ数年は適切な認識が広まってきています。そんな2019年にもなって、こうした認識なのか――と皆さん衝撃を受けたのだと思います。
   もう一つ付け加えるとすれば、取り上げられた「きのう何食べた?」はとても「良い作品」なんです。原作者のよしながふみさんは作品を拝見する限りとても造詣の深い方ですから、性自認と性的指向に関する認識はもちろん、いたずらに性愛に引きずられることなく、当事者の日常、特に働いている姿を淡々と描いている。そんな作品だからこそ、「こういう風に書くのか」と。リスペクトを欠くと受け止められたのだと思います。特に、「主演女優賞」という見出しは、強烈なインパクトだったのではないでしょうか。
下平武氏(以下、下平) 同性愛者の日常を描いた作品というのは、なかなかありません。
   私が小学生~中学生で同性愛者であることを自覚したころ、メディアに登場する同性愛者はみんな「強烈な」キャラクターとして描かれていました。それを見て、自分も「あんな感じ」なのだろうかと悩みました。
   たとえば、当時はテレビに出てくる同性愛者といえば、「女装」でした。その偏ったイメージしかなかった中で、「自分は女装したいと思ったことがない。自分は何者なんだろうか」とすごく不安だったんです。
   対して、「きのう何食べた?」は「ああ、こういう日常生活を自分たちも送れるんだ」という、当事者にとってのロールモデルとなりうる作品なんです。「男性として男性が好きだ」という人がいるのが当たり前であり、当たり前の日常生活を送れる――そう勇気づけられるような作品で「主演女優賞」と言ってしまうと、適切な理解という点では「あれ?」となってしまう。

   ――記事としては、主に「演技の細やかさ」などについて、「女優のようだ」の声を取り上げたつもりでしたが、今のお話をうかがうと、その時点ですでにずれているということでしょうか。

神谷 ある種の「冗談」として書かれたとは思うのですが、こうした「エンタメ」的なノリにも、目線が厳しくなっているのが昨今だと思います。こうしたコンテンツを通じた誤解が広がることで「人生が狂わせられる」ではないですが、たとえば子どもにとっても深刻な影響があります。下平さんや、私の弟の話もそうです。仮に「演技の細やかさ」のつもりだとしても、じゃあ振る舞いが細やかな男はゲイと言われるのか、という話になってしまいかねない。そういうことがイジメにもつながりますから。
   さらに言えば「『主演女優賞』を授与したいという声が~」の直後に、レズビアンを扱ったドラマ「ミストレス」(NHK)の話などが来ますが、するとやはり内野さんを「女性」だと捉えている、とも読めてしまいますよね。こうした点もつながりがよくない、整理されていないと感じます。

   ――そのつながりの点は、今お聞きして初めて気づかされました。

神谷 とはいえ、こうして問題を振り返り、次に生かしていただけるのであればありがたいことだと思っています。企業でもメディアでも、むしろこうしたトラブルを体験したところから、強力な支援者(アライ)になってくださることもあります。J-CASTニュースさんにもぜひこれを契機として、良い記事をこれからも書いていただければと思います。
下平 今回の件は簡単に言えば「性的指向と性自認がごっちゃになっている」という話でしたが、「広辞苑」も間違うくらいで、まだ難しいところだとは思います。
   5年ほど前の話ですが、私がある学校で講演を行ったところ、終わった後に教師の方から、「下平さん、とても良い話でした。ぜひ次は、スカートを履いていらしてください」と言われてしまいました。しかも、先方は「悪意」なく、むしろこちらを応援する文脈で仰られるので、なかなか説明しづらい。
神谷 ですので、メディアが「わかっている」つもりでも、そう受け取らない人は多いですね。

メディア側はこれからどうすれば?

取材に答える神谷氏と下平氏
取材に答える神谷氏と下平氏

   今回の取材のきっかけとなったのは、LGBT法連合会が2019年3月に発表した「LGBT報道ガイドライン」だ。現場で働く記者の協力を得て作成されたもので、当事者を取材する報道機関側に留意してほしい点、また逆に、取材を受ける側に対しても気を付けるべきポイントが解説されている。

   ――「LGBT報道ガイドライン」は、街頭デモに参加した当事者の方が、その様子を名前・写真も含めて報じられ、大きなショックを受けた、という出来事をきっかけに作成されたとお聞きしています。一方ガイドラインの中にも触れられていますが、報道機関にとっては、デモのような公の場で話したことが記事になることは「当然」という習慣も根強くある。なかなか難しさを感じます。

神谷 先日も国会での集会の際、「撮影禁止ゾーン」を設けていたのですが、実際にはそこにいた撮影を望まない参加者の後ろ姿、あるいは横顔などが写り込んでしまう例がありました。
   報道とは何か、情報とはどういうものなのか、なかなか学校教育で教わることもありません。当事者の方にそこを認知・整理してもらうとともに、記者の皆さんにも、当事者の皆さんが置かれている状況を知ってほしい。報道における「パブリックインタレスト(公共の利益)」も承知していますが、諸外国でもこうしたガイドラインも作られています。こうした状況を踏まえ、記者の皆さんとの対話を通じて作らせていただきました。よりよい関係、距離感を持って、報道と向き合っていければと考えています。

   ――反響はいかがですか。

神谷 ある地方紙さんに呼ばれて、地元のLGBT支援団体とともに社内研修会を行わせていただきました。ほかの地方紙からも、ガイドラインを取り寄せたい、という依頼もありました。ぜひ、メディアの皆様にも研修などへの関心を持っていただければと思います。全国の賛同団体の側にも配布しており、引き続き認識を高めるために努力をしたいと思っております。
   ガイドライン作成を通じて、私たちも勉強になりました。「第1版」とうたっているので、第2版の予定は?という話もありますが......今後議論が深まっていけば、考えていきたいですね。

   ――ガイドラインは、主に当事者への直接取材、対面取材を念頭に置いた内容となっています。今回のご指摘をいただいたような論評記事について、ご意見がありましたらお聞かせください。

神谷 今まで申し上げたことに近いとは思いますが、いわゆるエンタメや文化の論評であっても、その解説の仕方の影響をメディアの皆さんには、ぜひ考えてほしいです。
   実際に報じられた当事者だけでなく、それを見たほかの当事者、あるいは学校関係者や周囲の人が、そうした記事をどう受け取ってどう行動するか。それは、最近のバラエティー番組などにもある論点だと思います。
   芸術性、真実性ということも大切にしながら、その影響ということも十二分に考えていただければと思います。
下平 新聞などでは、記者が適切な文章を書いていても、記事をチェックするデスクの方が知識がないと、たとえば「LGBT男性」といった題名(見出し)がつくことがあります。これでは、レズビアンでゲイでバイセクシャルでトランスジェンダーの男性、という存在しえない状態になってしまい、当事者からすると首をかしげることになってしまう。メディアによっては、デスクも含め記事に関わる方にこのガイドラインを読んでもらったり、研修を受けたりしている報道機関もあるようです。記事をチェックする過程で、誰かが問題に気付けるような環境を作ることも大切なんじゃないかと思います。

   ――「きのう何食べた?」のような作品は今後ますます増えていくと思います。そうした作品を取り上げる上で、アドバイスはありますか。

神谷 これまでお話しした、このガイドラインにも書いたような基礎的なことを踏まえていただければ、理解が深まることにはつながると思います。このクールでも「きのう何食べた?」以外でも、「腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。」(NHK)のような、同性愛者の実態を表す良い作品が放送されました。当事者の方からもさまざまな反応が出ています。いろんな記事を書いていただければと思いますが、ネット上の反応も見ておられるJ-CASTさんなら、こうした声も見ていただければ。またなかなか時間もないとは思いますが、原作へのリスペクトも持って記事化していただきたいと思います。
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