東京・池袋で車が暴走して母子2人が死亡した事故で、車を運転していた旧通産省工業技術院の飯塚幸三・元院長(88)が事故現場に立ち会い、警視庁による実況見分が行われた。一部メディアは「容疑者」呼称で報じたが、「元院長」とした社が多かった。逮捕はされておらず、任意での捜査が続いている。
事故後には「逮捕されないのは元幹部官僚だからか」「なぜメディアは容疑者と表記しないのか」などと注目を集め、「上級国民」という言葉も話題となった。今回の実況見分を受け、「飯塚元院長を書類送検へ」(産経ニュース)との報道も出ているが、送検された後はメディアは「元院長」の呼称を「容疑者」に変更するのだろうか。
読売は「容疑者」、NHKは「元職員」
実況見分は2019年6月13日にあった。「飯塚幸三・元院長」の呼称で報じたメディア(ウェブ版)が多かった。主要メディアで異なる呼称表記を確認すると、読売新聞の「(略)の元院長・飯塚幸三容疑者」、NHKの「旧通産省の幹部だった飯塚幸三元職員」が見つかる程度だった。
読売新聞は以前から「容疑者」呼称に変えており、警視庁が事情聴取をしていたことを報じた記事(5月17日)をみると、既に今回と同じ表記になっている。当初は「元院長」呼称を使っていた。「容疑者」呼称に変更する前の5月10日、「容疑者でなく元院長、加害者の呼び方決めた理由」との記事で、読売が「元院長」呼称で報じている立場を説明していた。
記事によると、辞書(広辞苑)では「犯罪の容疑を持たれている人」と広く定義しているが、「ただ、新聞が容疑者と呼ぶのは、原則として、逮捕や指名手配、書類送検をされる等、刑事責任を問われた人の法的な立場をはっきりさせる目的があります」と、辞書的定義よりも限定的に用いている状況を説明。さらに「容疑者と名指しするからには、容疑の内容をきちんと読者に提示する責任が生じます」と指摘した。
そして当該事故については、「(元院長は)逮捕や書類送検はされていません。事故後、元院長は入院したため、警察はきちんと説明を聞くこともできなかったようです」「つまり、『容疑者』の法的立場にはまだないこと、本人の正式な弁明もなく容疑の内容をきちんと提示できるには至っていないこと、これが容疑者を使用しない理由でした」とまとめている。
「書類送検へ」報道
読売が「容疑者」呼称に変わった理由をこの検証記事から推測すると、「逮捕や書類送検はされていません」という状況は変わっていないものの、5月17日記事の警察による事情聴取で、「本人の正式な弁明」があり、「容疑の内容をきちんと提示できる」状態に至ったと判断した可能性がある。
6月13日の実況見分をうけ、「飯塚元院長を書類送検へ」(産経ニュース)、「飯塚元院長を書類送検の方針」(朝日新聞)といった報道が出ている。読売の5月10日検証記事を読むと、元院長が書類送検された後は、他メディアも「容疑者」呼称を使うところも出てきそうだが、実際はどうなるのか。
毎日新聞による同種の検証記事(4月26日)では、「報道機関は事件・事故の加害者に対し、逮捕・書類送検された場合などを除いて『容疑者』呼称を使わない」としている。書類送検された場合は、「容疑者」呼称を使う可能性がある、と読める。
また、朝日検証記事(4月27日)には「逮捕されていない場合などは通常、『さん』などの呼称で報じている」とある。また、一覧表部分の記載で今回の自社対応について、「逮捕や書類送検されていないため当初は『さん』に。職歴の確証を得た段階で肩書に」と説明している。この記載からだけでは、今回のケースで書類送検された場合の呼称の対応は、はっきりしない。
「記者ハンドブック」によると...
一方、共同通信が発行する「記者ハンドブック」(第13版、2018年)では、「事件、事故報道の呼称」の第2項目で、「実名を出す場合の任意調べ、書類送検、略式起訴、起訴猶予、不起訴処分は『肩書』または『敬称』(さん・氏)を原則とする」と明記している。ということは、原則としては、書類送検の場合は「容疑者」呼称は使わないということになる。
もっとも、一般論としての「書類送検」の場合は、警察側が検察側に対して示す意見の内容に差があり、中には法律違反の証拠が十分ではない、というケースもある。書類送検されても起訴されないことは珍しくはなく、常に「書類送検=法律違反をした疑いが強い」というわけではない。先の「記者ハンドブック」の「原則」は、こうした点も考慮した内容になっているようだ。書類送検の場合に「容疑者」呼称を使うかどうかは、各メディアがケースバイケースで判断しているのが実態だ。
飯塚元院長は、4月19日に事故を起こした直後に入院。5月18日に退院したのちは、警視庁が任意で事情を聞いている。当初、「退院後に逮捕される」との見立てもあったが、6月13日の実況見分時点でも逮捕はされていない。