NHKが、2019年度内にも、テレビ番組のインターネットでの「常時同時配信」を始める。これを可能にする改正放送法が2019年5月29日に成立し、NHKの悲願実現に大きく踏み出した。
だが、NHKの肥大化、民業圧迫を民放側はなおも訴える。どのように歯止めをかけていくかなど、議論はなお続く。
テレビに吹く「逆風」を先取りし...
スマートフォン(スマホ)やカーナビなどで番組が見られるワンセグはあるが、これは放送と同じように電波をつかったもの。これに対し同時配信は、ネット通信を介したサービスだ。
2014年の放送法改正で、災害報道や大型スポーツ中継などに限って同時配信が認められた。今回、法改正によって24時間いつでも放送と同時に配信できるようになり、地上波の総合テレビとEテレの全番組がパソコンやスマホで視聴可能になる。放送後の番組を一定期間視聴できる「見逃し配信」も組み合わせる方針だ。
NHKは「公共メディア」への脱皮を目指し、その中核サービスとして常時同時配信の解禁を要望してきた。背景にあるのは放送と通信の融合、それと絡んだ若者を中心としたテレビ離れだ。特に2020年には、通信速度が現行の通信規格「4G」の100倍となる次世代規格「5G」が本格運用される。ネット動画の勢いが加速するのは確実で、テレビの放送には逆風になる。
常時同時配信で、視聴者の利便性が向上するのは確かだ。受信料の契約をしている世帯は無料で視聴でき、パソコンやスマホでサイトにアクセスし、IDやパスワード、氏名などの利用登録を行って利用する。未契約世帯はBS放送のように、契約を促すメッセージが画面に表示されて視聴が妨げられる仕組みにする。利用登録がされていない場合も同様になる。
広告ビジネスまだ未成熟...手出しにくい民放
ただ、同時配信はNHKだけでなく民放にも認められたが、民放各局は今のところ及び腰で、逆にNHKの肥大化への警戒心を強めている。大久保好男・日本民間放送連盟会長(日本テレビ社長)は改正法成立前夜の27日の定例会見で、「NHKの配信業務の事業費が無制限に拡大したら、民放から見て『肥大化』につながる」と牽制。TBSの佐々木卓社長は、改正放送法の成立直後にあった29日の定例会見で、「僕ら民放はとても(常時同時配信は)ビジネスにならないが、民業圧迫をしないでほしい。今後のNHKの進め方を注視したい」と警戒心を露わにした。
民放側の懸念の根底にあるのは財政力の差だ。NHKの受信料収入は7000億円を超える。これに対し、CM収入に頼る民放は景気などに左右されやすい体質で、東京の民放キー局でも年1000億~3000億円の放送収入から新サービスへの投資をしなければならない。民放も同時配信を試験的に実施しているが、視聴者や広告主のニーズはまだ低く、ビジネスとして成り立たせる状況にはなっていない。採算性を民放ほど気にしないでいいNHKが配信事業を野放図に拡大すれば、メディア全体の競争をゆがめかねない――民放側にはそんな警戒感がある。
地方局との「棲み分け」も訴えるが
ネットの展開力の差が、NHKと民放、さらに民放内のキー局と地方局の「棲み分け」を崩す恐れもある、というのも、民放側が挙げる問題だ。例えば地方の放送局は概ね県単位に放送しているが、ネットは県境を自由に越える。NHKやキー局が、配信地域を制限せずに東京の番組を多く流せば、地方局の存在意義は一段と薄れかねない。人口減などもあり経営環境が厳しい地方局の在り方が大きな課題になる。
今回の常時同時配信解禁にあたって、一定の歯止め措置は取られた。まず、NHKは受信料収入の約4.5%分の値下げを2020年度までに段階的に行う(2018年11月発表)ことで、肥大化批判に配慮した。また、今回の改正法には、民放のネット業務に、NHKが技術面などで協力する努力義務も盛り込まれた。
このほかに、NHKのネット事業費用の上限規制もあるが、その行方は不透明だ。現状では、受信料収入の2.5%以内に制限しており、2019年度予算では169億円で、2.4%だが、法改正前ということで常時同時配信関連は含まれていない。常時同時配信には、初期投資に約50億円、運用に年間約50億円の費用が少なくともかかる見通しで、2020年度から本格運用されれば2.5%を超えるのは確実。「NHKのネット業務は放送の補完。だからこそ費用の上限を設けて(NHKは)守ってきた」(大久保民放連会長)と民放は指摘するが、NHKは新たな上限について方針を示していない。
とはいえ、こうした民放側の主張が、広く世論の支持を得ているとは言い難い側面もある。ネットフリックスなどの「黒船」も存在感を増す中、民放を含むテレビ報道の多様性の確保とNHKの「公共性」を巡る議論は、まだまだ足りないといえそうだ。