保阪正康の「不可視の視点」
明治維新150年でふり返る近代日本(38)
東條が黙殺した「日米戦力比較資料」

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手柄は自分の手柄に、失敗は天皇や国民に責任転嫁

 

   戦死者数がこれほどに及んだ戦争に、軍事指導者たちはほとんど責任を痛感していないのは、なぜだろうか。戦争の責任を全て天皇にかぶせようとしていたためだ。あるいは反省することが怖いからであろう。この辺りの心理はかなり微妙で、日本社会の指導者は戦争に限らず、ひとたびうまくいくと自分の手柄とし、失敗すると天皇に責任があるように、あるいは国民に責任転嫁するように巧妙に使い分けを行う。その例を太平洋戦争の大半を指導した東條を見ていくことで、よくわかる。

 

   昭和20年8月13日ごろ、東條は天皇がポッダム宣言受諾の意思を明かした後に、密かに手記を書いていた。その中に驚くべき内容があった。次の一節である。

「もろくも敵の脅威に脅へ簡単に手を挙ぐるに至るが如き国政指導者及国民の無気魂なりとは夢想だもせざりし処之に基礎を置きて戦争指導に当たりたる不明は開戦当時の責任者として深く其の責を感ずる(以下略)」
 

   東條に言わせると、戦況はまだ日本が負けるという状況ではない、それなのに弱気を出して戦争終結に持っていこうというのはあまりにも情けない、自分はこんな弱気の国民とは思わずに戦争指導に当たった不明を恥じると開き直っている。これはむろん天皇批判とも読めるのだが、こういう指導者に指揮された戦争がどのように推移したかは容易にわかる。

 

   兵站などこれっぽっちも考えない戦時指導者のおごりを読み取るのは、私たちの義務である。(第39回に続く)




プロフィール
保阪正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、『昭和陸軍の研究(上下)』、『昭和史の大河を往く』シリーズ、『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)『天皇陛下「生前退位」への想い』(新潮社)など著書多数。2004年に菊池寛賞受賞。

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