東洋英和女学院の深井智朗・前院長による著書と論考にねつ造と盗用があったことを、同学院大学副学長らでつくる調査委員会が認めた研究不正問題をめぐって、ネット上では大きな話題となった。
実在しない神学者「カール・レーフラー」と、その人物が書いたとされる論文を著書に取り上げるなどして批判を受けるなか、ネットでは「深井氏の著書や論文を引用して、論文を作成した場合、論文の取り扱いはどうなるのか」という趣旨の声も上がっていた。
実在しない神学者
東洋英和女学院大の公表資料によると、昨2018年10月、キリスト新聞のウェブ版に「深井智朗氏への公開質問状と回答を学会誌に掲載」などと題された記事が掲載され、同氏の著書と論考にねつ造の疑いがあることが判明。設置された調査委員会が他大学からの協力を得て、調査をした。
約5カ月にわたる調査の結果、「カール・レーフラー」という神学者や、その人物が書いたとされる論文「今日の神学にとってのニーチェ」が実在しないこと、翻訳書から日本語の盗用をしていることを認めた。ねつ造と盗用が認められた著書『ヴァイマールの聖なる政治的精神-ドイツ・ナショナリズムとプロテスタンティズム』は、岩波書店が12年5月に刊行。岩波は今回の問題を受けて5月13日、著書を絶版にし、回収することにしたと発表した。
識者「善意の第三者が利用した場合、罪には問われない」
もし、深井氏の著書や論考を引用して論文を作った場合、その取り扱いはどうなるのだろうか。J-CASTニュース編集部では15日、『人文・社会科学のための研究倫理ガイドブック』(慶応義塾大学出版会)の共編著者や、『レポート・論文の書き方入門』(同)の著者でもある、立教大学文学部の河野哲也教授に話を聞いた。
河野教授は、「専門分野は哲学で、(今回の問題論文の)内容はわからない」と前置きしつつも、「よくあるのは無断引用や盗用で、学生でも問題になる。勝手に架空の話を作り上げ、引用する行為自体は不正だと思うが。人文科学でこういうケースは知る限りでは聞いたことがない。どう考えたらいいか戸惑っている」と明かした。
そのうえで河野教授は「ねつ造の論文を善意の第三者が利用した場合、罪には問われない。ただ、基のデータが捏造となると、論文の学問的価値がなくなっていく可能性はある」と指摘した。善意で引用や参考にした論文の取り消しの可能性については、「全体の文脈の中でこういう意見もあるという形で取り上げたり、『深井先生が書かれていることに反対だ』としたりする利用なら問題はない。ケースバイケースで、本質的なところであまり使っていない論文なら謝る必要はないし、批判論文なら恥じることや訂正も必要ない。ただ、大きな部分を論文に負っているようなものなら何らかのリアクションは必要かもしれないが、学会で訂正を求めることはないような気がする」と回答した。
学生の書くレポートについても「信頼ある岩波書店から出ているものを信用するなと言ったら、学生としても何を基準にしてものを考えたらいいかわからなくなる。レポートを取り消すのは気の毒すぎる。どう引用するかで(対応は)違うが、道徳的、倫理的な罪は全くない」と強調した。
(J-CASTニュース編集部 田中美知生)