自省の念漏らす軍人も
こうした現実はたった一つの言葉で正当化された。戦時には戦力として必要とされる順序がある。その上位がそれだけの恩恵を受けるのは当たり前であり、戦争に役立たぬ者には恩恵など与える必要はないとの思想である。この思想のもと、軍人はまさに国家の基本的な秩序や枠組みを根本から破壊したのである。こういう事実を確認していくと、「皇軍」が兵站思想など持つわけがないことに容易に気がつくではないか。これはいずれ引き出される結論になるのだが、なぜ日本は国民軍を持ち得なかったのかが問われるのは、こうした事実があまりにも多かったからである。
もっとも軍内にはこういう兵站思想なき戦いに自省の念を漏らす軍人たちもいなかったわけではない。1944(昭和19)年9月に陸軍省の将校(主流派ではないが)の中には、「軍隊がその生活レベルを国民のレベルにまで下げて、国民とともに苦しまない限り、この戦争は必敗である。国民はよくこの状態で今日まで耐えてきたことに驚いている」という声もあったという。これは田中の前述の書で明かされている。
田中はこういう良識のある声は全く顧みられなかったと怒っている。兵站なき戦争の歪さについてはもう少し検証を続けよう。(第38回に続く)
プロフィール
保阪正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、『昭和陸軍の研究(上下)』、『昭和史の大河を往く』シリーズ、『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)、『天皇陛下「生前退位」への想い』(新潮社)など著書多数。2004年に菊池寛賞受賞。