保阪正康の「不可視の視点」
明治維新150年でふり返る近代日本(37)
「臨時軍事費」浪費にみる「道徳的崩壊状態」

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   日本軍に兵站思想が極端なまでに不足している事実は、いくらでも指摘できる。同時に戦地にあって驚くほどの退嬰(たいえい=尻込みすること)現象があったのも事実である。私自身、その退嬰ぶりは当の軍人たちからも聞かされた。

   すでにこのシリーズでは、大蔵大臣であった賀屋興宣の回想録からも引用したが、戦争は軍人に多くの特権を与えることになり、それゆえに戦争を食い物にする者も少なくなかった。

  • 日本軍は兵站の軽視が際立っていた(写真はインパール作戦で日本軍を追うグルカ兵)
    日本軍は兵站の軽視が際立っていた(写真はインパール作戦で日本軍を追うグルカ兵)
  • ノンフィクション作家の保阪正康さん
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南方の戦闘に自分専用のアイスクリーム製造機を...

   それは臨時軍事費がどれほどいい加減に使われたかを見ることでも理解できる。戦争の原価計算以前に、とにかく好き勝手に軍事費を使い込んでいた。その事実を私は旧軍の軍人からいくつも聞かされた。太平洋戦争の開戦時に兵務局長だった田中隆吉は、戦時下で東條英機首相、陸相と対立して軍籍を離れたのだが、戦後すぐに陸軍の告発の書を何冊か刊行している。その中から事例を抜き出すと次のような呆れる話がいくつもある。

(1)戦地でのある高級指揮官は南方での戦闘で、自分専用のアイスクリームの製造機を兵士に持たせて戦闘を行った。飢えた部隊もいたのにである。
(2)ある師団長は、司令部の中に娼婦を匿いながら各地を転戦したというのは有名である。
(3)ある司令部では占領地の政治、経済を担う将校たちが、巨額の軍事費を遊興の費用にあてた。(兵士たちの証言によれば、着服した将校もいたと証言している)
(4)ある憲兵隊長は現地の女性に飲食店を経営させ、その利益を自分の懐に入れていた。
(5)特務機関長はやはり現地の女性に自ら持っている許認可の権限を悪用して、その女性の肉親に 炭鉱採掘の権利を与えた。

   田中は、憲兵の元締めだったのでこうした情報はそれこそ無数に集めることができたのであろう。戦争という名目で精算の不要な公費が私的に使われ放題だったのである。このことは何を意味するのか、改めて見つめる必要があるだろう。一方で兵站もなく戦場に放り出された状態の兵士たちの存在を思うとき、戦費とは何を指すのか、それはどのように捻出されたのかを見ていくと、聖戦という美名のもとにいかに道徳的な崩壊状態になっていたかが分かってくるのだ。あえて田中の著作(『敗因を衝く―軍閥専横の実相』)からの引用になるが、国民もまた飢えに苦しんでいる時にとんでもない光景が現出していたのである。

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