2019年5月1日、新元号の令和がスタートしたこの日、プロ野球はセ・パ両リーグで6試合が行われた。
この日、世間の注目を集めたのは令和で初めてのホームランを打つのは誰か。結果としては読売ジャイアンツの坂本勇人選手だったが、パ・リーグに目を向けると温度差が目立った。
いずれにしても鮮烈
この日の試合はセ・リーグの3試合がデイゲーム、パ・リーグの3試合がナイトゲームで、令和初のホームランはセ・リーグの試合で生まれやすかった。
パ・リーグの令和初ホームランは埼玉西武ライオンズの山川穂高選手。チームのスターにして主砲のメモリアルアーチであったが、報道の量や話題性においても坂本選手に比べると鳴りを潜めた。
振り返ってみると平成初ホームランについても両リーグ合わせて初だった原辰徳氏の映像はこの数日で幾度となく放送されたが、パ・リーグの平成初ホームランについての言及はほとんど見られなかった。
パ・リーグの平成初は当時、福岡ダイエーホークスに所属していた広永益隆氏が記録している。1989年(平成元年)は南海ホークスが福岡ダイエーホークスへと名前を変えて挑む初めてのシーズン。その開幕戦で広永氏はプロ初打席、ダイエー球団、パ・リーグ平成初と初めてだらけのホームランを放った。
メディアでは平成の終わりにほとんど触れられなかったが、SNSなどでは彼について言及する声も少なくない。
中には「平成がプロ初打席初ヒットが初ホームランの広永益隆なら、令和もプロ初ホームランっていうのもいいですね」といったシチュエーションを望む声もあった。
通算ホームラン数は34本のみ。しかし、平和台野球場のプロ野球公式戦としての最後のホームランなど節目で持っていた彼の存在を覚えている人は多い。
数々のメモリアルアーチを放った「記憶に残る男」広永氏から令和は日本を代表するスラッガー「記憶にも記録にも残る」山川穂高へ――山川選手も元号以外のメモリアルアーチを多く放ってくれるはずだ。