ショーケンこと歌手で俳優の萩原健一さんが2019年3月26日、GIST(消化管間質腫瘍)のため都内の病院で死去していたことが28日明らかになった。68歳だった。
テレビドラマ「傷だらけの天使」(日本テレビ系)や映画「いつかギラギラする日」など俳優として数多くの名作に出演した萩原さん。俳優としての経歴が目立つが自身の原点となった「ボーカリスト」としての活動も続けていた。
17歳でデビュー、GSのトップスターに
萩原さんのキャリアスタートはグループ・サウンズの代表的なバンドとして名高い「ザ・テンプターズ」だった。17歳でデビューし「エメラルドの伝説」やメンバーの松崎由治さんが作詞作曲を手がけた「神様お願い!」などヒットを連発した。そうした中、英バンド「ザ・ローリング・ストーンズ」などのカバー楽曲もコンサートで披露。ライブ盤「ザ・テンプターズ・オン・ステージ」ではアイドル的な人気と裏腹に疾走感あふれる演奏と萩原さんの自由で猛る歌唱が記録されている。
「ザ・テンプターズ・イン・メンフィス」など6枚のアルバムを発表。1970年12月27日のコンサートを最後に解散。2部制で行われた解散コンサートのラストの曲は「涙のあとに微笑みを」だった。
その後、萩原さんは同じテンプターズの大口広司さん(故人)と共にロックバンド「PYG」での活動に入る。ザ・タイガースの岸部一徳さん、沢田研二さんにザ・スパイダースの井上堯之さん(故人)、大野克夫さんと豪華な面々が集結。「自由に歩いて愛して」などの楽曲を発表し、ここでもローリング・ストーンズ「ビッチ」やディープ・パープル「ブラック・ナイト」などカバー曲を披露した。
しかし、PYGの活動中に萩原さんは72年の映画「約束」に岸恵子さんの相手役として出演。その後、テレビドラマ「太陽にほえろ!」(日本テレビ系)など俳優として人気を獲得。73年から一時音楽活動から遠ざかることになった。