内田裕也さん死去、3か月前の「最期の仕事」 記者が見たロックンローラーの生きざま

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「この借りは今年中に返そうと、思っています」

   迎えた0時20分過ぎ。車いす姿で内田さんは観客の前に現れた。

「裕也!」「親分!」「ロックンロール!」

など怒号に近い歓声が飛び交う。

   1曲目に歌ったのは「朝日のあたる家」。樹木さんが生前「最期に聴きたい曲」と話していたナンバーから幕を開けた。途中、三原康可(やすのり)さんを自身に近づけてギターの音を聴くなど、満身創痍ながらも必死にバンドを追いかけた。

   2曲目は1991年東京都知事選の政見放送でも歌った「コミック雑誌なんかいらない」。ここで観客の興奮は頂点に達した。アップテンポの歌であるため、途中詰まってしまう場面もあったが観客の大合唱で乗り切った。

   3曲目も長年歌い続けた「ジョニー・B.グッド」。途中立ち上がる場面を見せて完全復活に向けての兆しを見せてくれた。

   そして4曲目。生前最後の曲になったのは自身がスカウトした沢田研二さんから提供された「きめてやる今夜」だった。途中の歌詞にある「イカした ロックンロール」のフレーズで語気を強め観客を大いに沸かせた。

「(関係者やスタッフに)この借りは今年中に返そうと、思っています」

   MCでそう語った内田さん。自身の体調面についても語り、2019年末こそ完全復活してくれる。――そう思っていた矢先の訃報だった。

   棺桶や骨壺だって良い。ただそこに立っていてくれればそれで良い。歌なら客が何とかする。親分なのに支えたくなる不思議なロックンローラーだった。

(J-CASTニュース編集部 大山雄也)

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