2018年9月の台風21号の影響で関西国際空港に外国人を含む多くの利用者が取り残された問題で、対応が後手に回ったとして批判が相次いだ末に台湾の外交官が自殺した。この背景にあったと指摘されているのが「フェイクニュース」で、19年3月4日にはNHKの「クローズアップ現代+」でも特集された。
ただ、この見立てには異論も出ている。ファクトチェックを支援する団体「ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)」が「フェイクニュースの本質は何か」と題して3月10日に行ったセミナーでは、自殺が「フェイクニュースが原因ではない可能性」も指摘されたのだ。
「最後の引き金が何だったのか今も明らかになっていませんが」...
自殺したのは、台湾の窓口機関にあたる、台北駐大阪経済文化弁事処の蘇啓誠処長(享年61)。番組は
「ネット上をかけめぐったフェイクニュースが、一人の外交官の命を奪いました」
というナレーションで始まり、「フェイクニュース」の拡散については、
「中国の大使館が専用のバスを手配し、空港から連れ出してくれた」
といったネットの書き込みがあったが、
「この情報は事実でなかったことが、後になって分かります。バスはすべて、関西空港が手配したものだったのです」
などと説明した。批判はネット上の書き込みにとどまらず、テレビ番組や野党議員からも出たことを紹介。終盤に武田真一アナウンサーが
「最後の引き金が何だったのか今も明らかになっていませんが、どこかで歯止めをかけられなかったのか、やりきれない思いがします」
と論評した。
番組には「出ていない情報がたくさんある」
こういった番組の構成に対して、セミナーではFIJの事務局長を務める楊井(やない)人文氏が「違和感」を表明した。楊井氏によると、番組にも登場し、ネット上の書き込みの誤りを指摘した台湾のファクトチェック団体のメンバーは、
「フェイクニュースが台湾の外交官を奪った、そういうストーリーで描かれているが、台湾の外交官の死はフェイクニュースが原因ではない可能性が十分ある」
などと指摘したという。楊井氏は、その根拠として(1)外交官が亡くなる前から、ネット上の情報が誤りだという「カウンター情報」が出ていた(2)遺族が出した声明によると、外交官の遺書には「フェイクニュース」を苦にしていたという記述はなかった、といった事実を挙げながら、番組には「出ていない情報がたくさんある」とした。
セミナーには、SNSの拡散力について「リアルタイム性をゆるめる、スローにしてあげることが重要」などと番組でコメントしていた、名古屋大大学院講師の笹原和俊氏も登壇。笹原氏は、「(フェイクニュース拡散と自殺の)因果関係をこういう問題で示すのは、すごく難しい」としながら、番組担当者から「間接的であれ、フェイクニュースが外交官を追い詰めたという面は否定しきれない」といった説明を受けたとして「問題提起という意味では、それほど間違っていなかった」と述べた。
情報発信めぐる「マトリョーシカ」
これに対して、元TBSキャスターで白鴎大学客員教授の下村健一氏は、番組をめぐって指摘されている事態を「マトリョーシカみたいなもの」だと表現し、「『こうである』の外に、もう一つの『こうである』、さらにもう1回『こうである』がある」と説明。番組のタイトル「『フェイクニュース』暴走の果てに」を引き合いに、
「フェイクニュースの騒動があった時間的経過の後に外交官の自殺、という言い方しかしておらず、非常に巧みに、そこは直結しないように、言わば『逃げ』を打ってある」
と分析した。その上で、「そういうところまで含めた眼力」が必要で、「基本的には『見ているものがすべて』だとは思わないこと」が大事だと訴えた。
今回の事案では、中国大使館が手配したバスが連絡橋を渡って関空の敷地内に乗り入れたという事実はないものの、対岸の泉佐野市で待機していたことが明らかになっている。楊井氏は、こういったことを念頭に、ネット上で拡散された情報は「まったく100%嘘というわけでもない」として、「フェイクニュース」という用語のあり方について問題提起していた。
「世の中には虚実ないまぜの情報が多い中で、『フェイクニュース』というと、それ自体が全くウソ、デタラメという印象を持つ言葉になる。何かそれにとって代わる、いい言葉はないか」
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)