「ガキが...舐めてると潰すぞ」「レモンだ?貴様この野郎」――大物芸能人が、このような「言いそうにもない」言葉を発しているような画像が、2ちゃんねるなどの掲示板サイトや、ツイッターなどのSNSなどで一時期流行した。
これらは、YouTube上に氾濫しているゴシップ系の「テキスト動画(スクロール動画、字幕動画とも)」のサムネイル画像を元ネタにしたものだ。こうした画像は、なぜネット上で奇妙な「ブーム」を巻き起こしたのか。
ネット文化解説サイト「文脈をつなぐ」を運営する木村すらいむさんに、この現象を読み解いてもらった。
「捏造」サムネ注目の過程
とあるYouTubeサムネイル画像が、2018年末頃からネット上で流行っていることを知っていますか?
もともとは、「Mステ初出演のCHAIがタモリに"失礼すぎる態度"で大炎上」というタイトルでYouTubeにアップされた動画のサムネイルです(元動画はすでに削除)。
実際には、タモリさんが「ガキが・・・舐めてると潰すぞ」と言っている発言は確認できません。捏造の可能性が高いと考えられながらも、ネットの一部で面白がられています。
黒背景に白文字のスタイルのサムネイル画像は、ほかにもたくさん存在しています。
例えば、北島三郎さんが米津玄師さんに「レモンだ?貴様この野郎」と問い詰めているかのようなサムネイルもあります。
2018年末の第69回NHK紅白歌合戦で米津玄師さんが楽曲「Lemon」を急遽歌うことになったニュースを受けて作られたものでしょう。
こちらも、北島さんによって実際にこのような発言があった根拠はありません。
2019年1月には、嵐の活動休止予定が発表されましたが、それを受けてバッハが「嵐・・・君たちの曲を作りたかったよ」と発言しているかのように見えるサムネイル風画像が作られました。バッハは約250年前に既に亡くなっています。
流行っているのは、画像だけではありません。
「○○が放った言葉に一同驚愕!その理由に涙が止まらない...」といった、いかにもこの手の動画にありがちなフレーズが、YouTubeやTwitterで意図的に使われるようになりました。
流行のメカニズムは?
なぜ、このようなサムネイル画像は、ネット上で広がっていったのでしょうか?
最初のきっかけは、YouTubeそのものにあります。YouTubeには、急上昇(トレンド)ランキングの機能があるのです。
そのリストは約15分間隔で更新され、アーティストの新曲や口コミで話題になっている動画を見つけやすくなっています。
件のサムネイルは、まず急上昇ランキングをきっかけに多くの人に知られました。
実際、動画マーケティング事業を手がける企業メタップスによると、「急上昇ランキングのファーストビューである1~3位に入ることで50~100万再生の追加効果がある」そうです。
芸能人が物議をかもしているかのようなサムネイルは、多くの人々の注目を集めます。またさらに、それが時事のニュースを扱ったものであれば、より急上昇ランキング入りしやすいことでしょう。
このサムネイルネタを広めたもうひとつのきっかけは、2ちゃんねるにあります。
12月上旬の早い時点で「ガキが...舐めてると潰すぞ」のネタとしての面白さが認知され、12月中だけで200件以上のスレッドが立てられました。
特になんでも実況J板は、今回の件だけでなく、多くのネットスラングを生み出す発祥の地となっています。少しふざけたネタを発掘し、改変して面白がる習慣が、そこにはあるのです。
やがてサムネイルはTwitterでも流行りだしますが、その先がけとして2ちゃんねるがあったことに注目したいです。
背景となるトレンドアフィリエイト動画
そもそも、YouTubeにはなぜそのようなサムネイルの動画が数多く生まれていたのでしょうか。
実際に動画を見てみると、サムネイルに関連するニュースが文字で流れていく、という内容です。
このような動画は、テキスト動画、スクロール動画、あるいは字幕動画と呼ばれています。いつ頃から増えてきたのかは不明ですが、少なくとも2017年には数多く存在していました。
その動画内容は、他のサイトからの無断転載であったり、あるいは憶測にすぎない内容、ヘイトスピーチまがいの内容、フェイクニュースも少なくないと指摘されています。しかしながら、テキストを自らスクロールせずとも読める手軽さから、幅広い層に視聴されているのです。
このような動画を作成する狙いは、広告収入(アフィリエイト)にあるのではないでしょうか。
芸能ニュースや時事ネタによって人を集める手法は、トレンドアフィリエイトと呼ばれます。従来、トレンドアフィリエイトといえばブログサイトを使った手法が多かったのですが、ユーザーの需要に合わせ、YouTube・動画を使った手法が生まれてきました。
さらには、動画作成の方法をマニュアル化し、ネットを通じて作業を依頼するクラウドソーシングも使って動画が量産されています。実際にクラウドソーシングの仲介サイトで「スクロール動画」と検索してみると、実際に募集が多数行われていることが確認できます。
また、YouTubeで「スクロール動画」と検索すれば、動画の作り方、サムネイルの作り方が紹介されています。
芸能ニュースを扱ったスクロール動画が、広告収入を得る手法として一定の有効性を持っている。また、その作成手法は簡易化されていて、必ずしも質が高いとはいえない動画が量産されている。
そして、それがYoutubeの「急上昇」ランキングを通じ、一般のユーザーの目に届くほどに広まっていく。そのサムネイル画像の面白さ、シンプルさが口コミ、特に2ちゃんねるで話題となり、セリフと画像が量産された結果、一般のネットユーザーへ広まっていきました。
共通する「捏造」の力、その二面性
スクロール動画のサムネイルは、言ってしまえば「捏造」です。
実際には怒っていないのに、怒っているかもしれないと思わせる。多少事実を変えてでも、わかりやすく興味を引く形にすることは、噂話のニュース、すなわちゴシップの基本的な手法と言えるでしょう。
また、スクロール動画には、芸能人のサムネイルを使っている肖像権的な問題、他サイトからテキストを流用するケースがある著作権的問題があります。
しかしながら、捏造はまた、一定の面白さを生み出す側面があることを、今回のサムネイルの流行から見て取ることができます。
捏造という言葉は、一般には「実際になかったことを事実のように仕立て上げること」を意味しています。
しかしそもそも、捏造の「捏」という文字は、土に水などを加えて「捏ねる(こねる)」ことを意味します。子供の頃に、土遊びや泥遊びで、現実にありもしないものを作って楽しんだ経験がある人は、少なくないのではないでしょうか。
「写真に好き勝手な字幕を割り当てる」という泥遊びは、昔からネット上で行われてきました。
猫がしゃべっているかのようなおもしろ画像は英語圏では「LOLcats」と呼ばれ、2006年頃から生まれています。
ある画像をもとに、いかにも言っていそうな発言を作り出して面白がる。昔からネット上の文化には、そういう性質があります。
ゴシップを生み出すために捏造が行われていたスクロール動画でしたが、その捏造という手法は、昔からあるネット文化に通じるものがあった。
その結果、YouTube芸能人サムネイル画像が、ネタとして広がっていったのではないでしょうか。
(木村すらいむ)
プロフィール
ネットと言葉、スラングとミームが好きなだけの人。ネット文化を解説するサイト「文脈をつなぐ」を運営。1992年・群馬生まれ、茨城在住。