日本軍という敵には「指揮の面で欠陥」
この骨子に引き入れられて、各種の戦略が組み込まれていく。毛沢東の軍事法則は幾重にも入り組んだ形で、ある鉄則を生んでいく。伊藤が毛沢東の『実践論』などをまとめる形で分析している部分での毛沢東の紹介はそれなりに説得力を持っている。
「軍事上の法則は、客観的事実の我々の頭脳への反映である〔伊藤の注:強い軍事力は弱い軍事力に必ず勝つという客観的事実〕は一つの法則に則るものとして我々には認識される。このことが認識され、実践され、再認識され、再実践されて、いよいよ確かめられる、だから実践だ《毛沢東「実践論》」)。我々の頭脳(主観)以外はすべて客観的事実である。学習と認識の対象は、敵・味方の両方面を含んでいる」
つまり毛沢東は、「彼を知り、己れを知れば百戦殆うからず」という孫子の教えは、客観的事実の発展法則を知るために彼を知り、この法則に則って自己の決定をするというのは、つまりは己れを知ることと断言するのである。日本軍という敵には「指揮の面で欠陥」がある、と毛沢東は見抜いていた。それをやはり伊藤のまとめによって考えてみよう。
私は伊藤の著作(ベストセラーとなった『自民党戦国史』)の一部をまとめたこともあり、伊藤と常時連絡は取れていた。その伊藤からの言は、私にとって極めて重かった。日本軍の弱点は、以下のようにまとめられる。
(1)兵力を小出しに増加したことである。中国を見くびっていた。
(2)主攻方向がない。均等に兵力を配備する。
(3)戦略的協同がない。軍内の協調体制の欠如。
(4)戦略的時期を逸している。軍内内部に対立がある。
(5)包囲は多いが殲滅は少ない。指揮が拙劣である。
これらは日本軍の指揮のまずさである。これは日本軍の体質から来ているので、誤りを繰り返すまいとしてもそれは無理だというのである。確かに将校の教育は優れているかも知れないが、その迷信(天皇信仰)への傾きや傲岸不遜に打撃を与えるのは、殲滅戦と捕虜への教育であるとも言っている。日本は中国との戦争を始めて歩む道はまさに帝国主義の本質を露わにしているというのであった。つまり日本の歩む道を、毛沢東は予言していた。当時の日本軍の指導者が戦略を持たないために、自己崩壊まで進む組織であることがわかってくる。
共産党と国民党(次回に紹介)の認識はほとんど同じであることに、私は驚いた。(第32回に続く)
プロフィール
保阪正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、『昭和陸軍の研究(上下)』、『昭和史の大河を往く』シリーズ、『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)、『天皇陛下「生前退位」への想い』(新潮社)など著書多数。2004年に菊池寛賞受賞。