世論に「手をつけられない」文政権
―― 北朝鮮問題をめぐる日本にとっての国益は、大きく(1)核・ミサイルの脅威がなくなること(2)拉致問題を解決すること、だと思います。安倍政権は、拉致問題解決を前提に金正恩委員長との首脳会談を呼びかけるなど、「対話路線」にシフトしているように見えます。このアプローチは妥当だと思いますか。
木宮: 決して安倍首相は日朝交渉を「やらない」と思ってはいないと思いますよ。何かをやろうとしていることは確かだと思います。問題は「拉致問題の解決」と言ったときに、どの程度のリアリティのある「解決」を考え、それを実現することができるのか、ということです。
―― 北朝鮮側は、拉致被害者や行方不明者を含む「すべての日本人」の再調査を約束した14年の「ストックホルム合意」を反故にしたまま、「拉致問題は解決済み」と主張し続けています。仮に北朝鮮側が報告書を出してきた際の対応も難しそうです。
木宮: 安倍首相も北方領土問題で「4島返還論」から「2島+α」論にシフトしつつあるわけですよね。そうしたことを決断するだけの勇気があるのであれば、拉致問題を進めることも不可能ではないと思います。ただ、ロシアのプーチン大統領と北朝鮮の金正恩氏では、プーチン大統領の方が交渉相手としては信頼性が高いのは事実です。日本社会が「北朝鮮の言うことはとにかく信頼できない」という印象を持っていたりと、課題は多くあります。
―― これまでにうかがったようなお話が進むためには日韓の適切なコミュニケーションが必要ですが、慰安婦、「徴用工」をめぐる訴訟、レーダー照射、議長による天皇陛下への「謝罪要求」など問題山積で、落としどころが全く見えません。
木宮: 日本は韓国政府に対して政治的な決断を求めているわけですが、残念ながら今の韓国政府にその意志はないように見えます。自分たちが政権を樹立した元々の原動力が世論の力だから、そこに乗っかっているようにしか見えないからです。問題解決には世論をある程度管理することが必要ですが、今の政権にそれは難しいように見えます。日本では「文在寅政権が世論を扇動している」という陰謀論がありますが、世論について「手がつけられない」というのが実情ではないかと思います。司法についてもそうです。司法が今の政権の味方をする側面もありますが、司法をコントロールするのは不可能です。世論操作をめぐる事件で慶尚南道の金慶洙(キム・ギョンス)知事が逮捕・起訴され、ソウル中央地裁が19年1月に実刑判決を下したうえ、即時収監したのが良い例です。現役知事を収監するのは異例で、金慶洙氏は文在寅氏の側近だということもあり、政権には衝撃が走りました。
―― 「徴用工」をめぐる訴訟は韓国内で多数起こされています。このままいくと、日本企業に賠償を命じる判決が次々に確定してしまいます。
木宮: 今の政権では、韓国政府から「こういう枠組みで解決しよう」と言い出すのは難しいでしょう。日本政府が韓国政府に対して対応を求めるのは外交としては理解できますが、今の韓国政府の実情を見ると。ちょっとそれはなかなか重荷というか、そんなに期待してもなかなか期待できないかと思います。