「平成最後の~」って言いすぎじゃない? いつ頃から使われてるのか調べてみた

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   改元まで、あと2か月半となった。新元号発表が2019年4月1日に迫るなか、メディアでは「平成最後バブル」が起きている。

   「平成最後の~」と付ければ、一気にニュースの話題性が高まる。まるで万能調味料のように、ありとあらゆるものに重宝がられている、このフレーズの経緯をさかのぼってみた。

  • 「平成最後」が多用されている
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「平成最後の歌会始」とかはわかるけど...

   皇室関連の話題、とくに天皇皇后両陛下が出席される行事では、この冠が付くことが多い。ここ2~3か月でも「平成最後の園遊会」(11月9日)、「平成最後の誕生日」(12月23日)、「平成最後の新年一般参賀」(1月2日)、「平成最後の歌会始」(1月16日)、「平成最後の天覧相撲」(1月20日)などは主要メディアがこぞって報じた。

   紅白歌合戦やバレンタインデーといった周年行事にも、この枕詞が。湖池屋(コイケヤ)の「平成最後のポテトチップス」のように、商品名として採用される例もある。ツイッターも「#平成最後」のハッシュタグをつけると、特別な絵文字が出るサービスを提供。有終の美に向けたおぜん立てが進んでいる。

   ところで、メディアにおける「平成最後」の初出はどこだろう。新聞各紙の見出しを調べてみると、朝日新聞の17年12月5日朝刊に「平成最後の大一番」なる記述を見つけた。しかしこれは、投稿コーナー「かたえくぼ」に寄せられたもので、厳密には記事ではない。

   専門紙に目を向けると、日刊不動産経済通信が、それより前の17年1月16日に「平成最後の年と明治維新」を見出しに取っているが、これはコラム欄「通信週報」に載ったもの。ニュース記事の見出しに「平成最後」が登場するのは、18年に入ってからだ。

18年の早春から頻出するように

   「拓け新時代 平成最後の挑戦者」なる特集記事が登場したのは、18年1月1日付の毎日新聞大阪版朝刊。京都北部で新たなチャレンジに挑む人を紹介するルポで、その後5月まで断続的に連載された。全国版では、同じく毎日新聞が2月1日付で、「プロ野球 きょうキャンプイン 平成最後の頂へ」と見出しに取っている。キャンプそのものは「平成最後の1つ前」だが、頂(=リーグ優勝&日本シリーズ制覇)に登るのは「平成最後の秋」だから、確かに意味は通る。

   18年3月ごろからは、5月以降に行われるイベントについて、地方紙が「平成最後の〇〇祭」のように伝える例が増えてくる。そして改元まで丸1年となった5月1日、この日以降は「平成最後の〇月〇日」が毎日続くことから、ツイッターでは「平成最後の日」や「平成最後の夏」が話題に。高校野球での金足農業(秋田県)の活躍も「平成最後の百姓一揆」ともてはやされた。

   ちなみにツイッターでは、天皇陛下の生前退位発表前の10年ごろから、「平成最後の~」といった言い回しはあったようだ。これから2か月ちょっとで、どれだけの「最後の思い出」が生まれてくるのだろうか。

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