保阪正康の「不可視の視点」
明治維新150年でふり返る近代日本(30)
指導者が兵士に「死」強要しても平気な理由

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あんな組織になるまでの「5つの仮説」

   軍事指導者が考えている天皇への忠誠は、自分たちが忠誠だと思っていることが、すなわち忠誠だというのだから独善もはなはだしい。この独善をファシズムというわけだが、そのこと自体に気づいていない。兵士の死に人間としての痛みなど感じないからこそ指導者足り得るのであろう。

   昭和陸軍や海軍はどうしてこのような組織になったのだろうか。いくつかの仮説が成り立つように思う。私は5つ仮説を持つのである。以下に箇条書きにする。

(1)理にかなった学問を体系だって積んでいない。
(2)他国の政治指導者と正式会談を行ったことがない。
(3)幅広い読書をした体験を持っていない。
(4)他者との人生観の伴う対談をしたことがない。
(5)外国を個人の目で見聞したことがない。

   これらの条件のもとで育てば、どんな人間になるか容易に想像できる。つまりまったく偏頗な人間が出来上がるような組織が近代日本の軍事教育だったのである。教育カリキュラムを整理、再編成する前に次から次へと戦争を進めたので、とにかく現場での速攻的な教育によって、形式だけの軍人が育ったのであった。この点が日本の軍事組織の最大の欠落であった。それは取りも直さず資質なき指導者が前面に出てくる弱点を抱えこんでいたことになった。(第31回に続く)




プロフィール
保阪正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、『昭和陸軍の研究(上下)』、『昭和史の大河を往く』シリーズ、『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)など著書多数。2004年に菊池寛賞受賞。

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