厚生労働省による毎月勤労統計(毎勤)の不適切調査問題は、日々、新たな情報が飛び出し、同省の余りに杜撰な対応が明らかになっている。問題が収束する見通しは全く立っていない。
そもそも、何が問題となり、そして今後の争点はどこにあるのか。複雑な問題だけに、順を追って振り返っておこう。
報道で「事態知った」安倍首相ら
毎勤の不適切調査とはどんなものだったのか。基本を押さえておくと、(1)従業員500人以上の事業所はすべて調べる決まりなのに、2004年以降、東京都分は3分の1を抽出して調査、(2)3分の1抽出なら、3倍にして集計すべきなのにそうしなかった、(3)2018年1月から、3分の1を3倍する修正をひそかに施していた――というもの。この間、給料が相対的に高い大企業のサンプルが少なかった分、平均賃金が低く算定され、雇用保険では延べ2000万人近くが1人平均約1400円、過小給付だった。
次に、事態の流れを確認すると、発端は「毎月勤労統計」のズサンな運営を暴いた朝日新聞2018年12月28日夕刊。後に判明したところでは、根本匠厚労相に事務方から報告があったのが12月20日、安倍晋三首相、菅義偉官房長官が把握したのは朝日報道当日の28日。この間、21日に、不適切な方法を正さないまま、予定通り10月の毎勤統計確報を発表、同日はこれまた不正確な数字に基づく労災保険などの給付金の金額を盛り込んだ2019年度政府予算案が閣議決定されており、年明け2019年1月18日に過去の不足分を含む同給付金を修正し、予算案の決定をやり直す異例の事態になった。
もう少し経過を振り返っておこう。1月8日、新年初の閣議後会見で根本匠厚労相が質問攻めに遭い、徹底調査を指示したと表明。11日に給付金が過小の人がいると公表、16日に「第三者委員会」と銘打った特熱監察委員会を設置、22日に監察委が「組織的隠ぺいは認められない」とする検証報告書を公表。24日衆参両院の厚労委員会の閉会中審議。同日、総務省が、政府の56の「基幹統計」のうち調査・集計ミスが22あると発表して問題が一気に拡大。また、監察委の調査に厚労省官房長など幹部が同席していたことが発覚し、本厚労省は25日、監察委の調査のやり直しを約束したが、28日には厚労省の「賃金構造基本統計」でも不適切な調査が行われたことが明らかになっている。
押さえておきたい「3つの論点」
この問題は、いろいろな要素が絡み合ってはいるが、整理すると3つの論点がある。
第1に、なぜこのような不適切なことがされ、長年正されなかったのか。
第2に、事態発覚後の「お手盛り」ともいわれるような杜撰な調査。
第3に、不適切統計の数値で、安倍政権が重視する賃金の伸びが実態より過大になっていた。
まず、統計自体の問題は、例えば全数調査をサンプル調査に改めるのが費用対効果の観点から合理的かもしれないとの指摘は少なくないが、手続きを踏まずに勝手に3分の1にしたのは弁解の余地がないし、さらに、サンプル調査にしながら、全数調査に近付けるための「修正」作業(データを3倍にする)を怠り、1年前から突然、密かに修正し始めた対応は、隠ぺいの意図が疑われてもやむをえまい。
この2018年からの修正にあたり、当然、2017年以前のデータも修正して比べるのが当然なのに、2018年からの数値しか修正しなかった。この際、たまたま、別途大幅な見直しが行われ2018年から調査サンプルが大幅に入れ替えられていたため、公式統計の2018年の数値が実態より高い伸び率になった。これが、論点の3番目、すなわち野党などが主張する「アベノミクス偽装」の疑念につながる。
統計自体については、政府の統計全般の「司令塔」といえる総務省でも小売物価統計などに不適切な処理が発覚するなど、なお広がりを見せる。改善の議論の本格化には、政府全体の総点検の完了を待たねばならないが、IT技術の活用による調査の工夫などのほか、各省に分かれる関連業務を集めた「政府統計局」をつくるなどのアイデアもあり、いずれにせよ根本から見直す必要がある。
「かえって事態をこじらせた」厚労省の失態
政治的にホットなのは、第2、第3の論点だ。
厚労省の対応では、監察委の調査が、1月24日の国会閉会中審査までに結果をまとめ、「組織的隠ぺいなし」で幕引きしたいという意図が見え見えで、「かえって事態をこじらせた完全な失敗」(大手紙政治部デスク)。自民党の小泉進次郎議員が2月4日の衆院予算委で、今もやり直しが行われている監察委の検証について「第三者性を強調し過ぎたのではないか」と、調査の「見せ方」の問題に矮小化するような質問をするなど、政府・与党は野党の攻勢をかわそうと必死だ。
第3のアベノミクス偽装問題は、毎勤の2018年6月の名目賃金の伸び率が21年5カ月ぶりの高水準となる3.3%増と、政府がPRしたいわくつきのもの。今回の不適切処理発覚を受けて再集計したところ、伸び率は2.8%へと、0.5ポイントも下方修正になり、さらに、入れ替えにならなかった調査対象だけでみると、伸び率は1.4%増にまで低下する。
名目でなく物価上昇分を差し引いた実質賃金になると、数値はさらに厳しくなる。2018年の隔月の伸び率は1~11月でプラスだったのは2カ月だけで、9カ月はマイナスになり、野党は「年間を通してマイナス」との試算を示して確認を求めている。
早期終了はなお困難か
5日の衆院予算委で根本厚労相はマイナスになることは事実上、認めたが、政府として再計算して数値を公表することには、サンプル数の問題などを持ち出して消極的な姿勢を崩さず、安倍首相も代表質問以降、「算出が可能かどうか、関係省庁が検討している」と繰り返すだけだ。予算委で野党側は、毎勤にとどまらず、政府統計全般、国内総生産(GDP)統計も含め、アベノミクスの正当性に疑義があると追及した。
こうしたデータとともに、一連の統計の不適切処理の対応に当たっていて、1日付で官房付に更迭された厚労省の大西康之・政策統括官(局長級)について、野党の国会への参考人招致の要求に、「後任者が答える」として与党側が拒否しており、野党側は「真相隠し」と強く反発、議論は尾を引きそうだ。
通常国会の序盤は、統計問題一色の展開になる。自民党は厚労省の対応を批判するなど、「役所の問題」にとどめようと躍起。対する野党側は、杜撰調査、「アベノミクス偽装」批判を絡め、安倍政権に打撃を与えようと攻勢をかけ、その中でも、発覚後の対応に不手際が目立つ根本厚労相の罷免を要求している。安倍首相は「再発防止に先頭に立って全力で取り組んでほしい」(1月30日の衆院本会議)などと拒否しているが、今後、新たな情報が飛び出す可能性もあり、厚労相の進退を含め、早期終息は困難な情勢だ。