2019年の春闘が本格化した。
ここ数年、安倍晋三首相から基本給を底上げするベースアップ(ベア)を迫られてきた経団連は、働き方改革などを重視し、「官製春闘」からの脱却を図る。労働組合側も大企業と中小企業の格差是正に向け、ベア以外の手法を模索する。ベア中心だった労使交渉に変化がみられる中、賃上げの勢いを維持できるかどうかが焦点だ。
ベア束縛を避けたい企業側
「多様な方法で年収ベースの賃上げや総合的な処遇改善を検討してほしい」。東京都内で開かれた、主要企業の経営側と労働組合が賃上げなどを議論する「経団連労使フォーラム」。経団連の中西宏明会長は28日、こう呼びかけた。
経団連は2019年春闘の交渉指針で、ベアに限らず一時金(ボーナス)なども含めた年収ベースの賃上げや、育児・介護中の社員ら多様な人材が働きやすい環境づくりを掲げた。2018年の指針は、安倍首相から3%の賃上げを要請されたことを踏まえ「3%の賃上げとの社会的期待を意識しながら検討」するとしていたが、数値目標を削除し、官製春闘と一線を画す姿勢を鮮明にした。景気の先行き不透明感が増す中、企業にとって負担の重いベアだけに縛られないよう、交渉の自由度を確保したい狙いが透ける。
対する労働組合の全国中央組織である連合は、6年連続でベアを要求。神津里季生会長は労使フォーラムで「中小企業には一時金制度がないところもある」と述べ、年収ベースでなく月例賃金の増額にこだわる方針を強調した。
トヨタ労組の「転換」どう影響
ただし、連合は2019年春闘の闘争方針で、ベアだけでなく、具体的な月給の目標額を掲げて「賃金水準を追求する」方針も打ち出した。大企業と中小企業の賃金水準に差がある中、同じ上げ幅を掲げて交渉しても格差が埋まらないと考えたためだ。
これを受け、自動車メーカーなどの産業別労組である自動車総連は、2019年春闘からベアの要求額を示さず、企業規模ごとに望ましい月例賃金の絶対額を示して交渉する方針に転換した。春闘の先導役となってきたトヨタ自動車は、既に2018年春闘から、経営側がベア回答額の公表をやめており、トヨタ労組も2019年春闘では要求段階からベア額を非公表とした。
経営側は非公表とした狙いについて、グループ内の部品メーカーがトヨタのベア額に縛られなくなり、大幅な賃上げが可能になると説明。労組の西野勝義執行委員長は「格差が是正されていないという経営側の問題意識は、労組と共通している」と話す。
「相場観がなくなる」関係者不安も
過去の春闘では、トヨタ労組がベアを獲得して先鞭を付け、後に続く企業の労使交渉を有利に運ぶという図式が一般的だった。しかし、トヨタがグループ内の格差是正を重視するようになった今、従来のやり方は通用しなくなりつつある。
連合がベアと賃金水準の「二兎を追う」新たな戦略を掲げた背景には、こうした春闘の変化がある。しかし、ベア非公表について、労組関係者には「交渉の相場観がなくなる」との不安がくすぶる。電機メーカーの労組でつくる電機連合は2019年春闘でも月額3000円以上のベアを要求するなど、連合傘下の産別の足並みは乱れており、交渉の勢いが削がれる懸念もある。
労使ともに所得向上の重要性や、政府の春闘介入を嫌う意識は共通しているものの、賃上げの具体的な手法などをめぐる溝は深く、交渉は難航しそうだ。また、安倍首相の異例の賃上げ要請が過去5年間、一定の成果をあげたのも事実。政府の存在感が薄い中、賃上げや格差是正を実現できるのか、脱・官製春闘の行方が注目される。