2020年東京五輪で実施される陸上競技の一部種目が、午前決勝になる可能性が浮上した。2019年1月30日付けの日刊スポーツが報じた。記事によると、新国立競技場で行われる一般種目決勝の一部を日本時間午前に行う方向で調整している。
正式決定すれば、競泳に続いての午前決勝となり、関係者の間からは「選手の調整が難しい」と不安視する声も上がっている。
84年以降はほぼ「7~8月」五輪に
今回の決勝前倒しの背景には、米国のテレビ局の存在がある。五輪中継において巨額の放映権料を支払う米テレビ局が、米国で人気のある陸上競技の一部種目の決勝を米国のゴールデンタイムに合わせるために午前決勝を希望し、国際オリンピック委員会(IOC)に要望しているという。
すでに競泳が午前に決勝を行うことを決定しており、これも米テレビ局の要望が反映されたという。米国では水泳人気が高く、高視聴率が見込める。東京と同じアジア開催となった2008年北京五輪の際も競泳は午前中に決勝が行われ、これもまた米テレビ局の要望によるものとされている。
1984年のロサンゼルス五輪以降、五輪は商業五輪と称されるようになった。莫大なスポンサー料と世界各国のテレビ局から得る放映権料によるところが大きい。中でも巨額を投じる米国のテレビ局の影響力は絶大で、その力は五輪の開催時期及びタイムスケジュールにまで及ぶとされている。
五輪の開催時期を見てみると、1984年以降は1988年ソウル五輪、2000年シドニー五輪を除いたすべての五輪が7月~8月の間で開催されている。国や地域によって差異はあるが、北半球では真夏にあたり、屋外競技となるアスリートにとって決して良い環境とはいえない。なぜ真夏に五輪が実施されるのだろうか。これにも米テレビ局の意向が反映されているのではとの見方もある。
NFLとMLBの「谷間」のコンテンツとして...
米国では9月にNFLが開幕を迎え、10月にはMLBのプレーオフが控える。米国のスポーツファンの間ではこの時期、NFLとMLBの話題で独占されるため、米テレビ局はこの時期に五輪を放映する「うま味」がない。人気スポーツにあまり大きな動きが見られない7月から8月にかけて五輪が開催されれば、高視聴率を稼ぐことができ、米テレビ局にとっては好都合となる。
1964年の東京五輪は、後の体育の日となる10月10日に大会が開幕し、24日に閉幕した。秋に開催だったためアスリートにとってはベストに近い気候で、近年見られる温暖化による猛暑も見られなかった。最近の日本の気候と選手の体調を考慮すれば、真夏の開催を避け、秋開催が理想だが、7、8月開催の流れを変えることは出来なかった。
競泳に続いて陸上も午前決勝が実施される見通しだが、指導者の間では不安の声が広がっている。競泳、陸上ともに決勝種目は午後に行われることが通例で、午前中に決勝が行われる種目は少ない。トップ選手になればなるほど、普段から午後の決勝に合わせたコンディション作りをしており、午前決勝となれば、ピークを午前にもっていくよう、練習メニューそのものを作り替える必要が出てくる。
「アスリート・ファースト」はどこへ
日本代表レベルの選手を指導する競泳のコーチは「選手の中には午前が苦手な者もいる。選手の多くは学生ですから、レース形式の実践的な練習は午後にやることが圧倒的に多い。午前中の決勝にピークを持っていくとすれば、普段の生活から変えていく必要がある。学生にとっては普段は授業中の時間帯ですから」と話す。
決勝時間の前倒しは選手にとって大きな負担とるが、2020年東京五輪で最も大きな負担を強いられるのがマラソン(女子8月2日、男子8月9日スタート予定)だろう。東京の猛暑を避けるため男女マラソンは早朝スタートとなるが、それでも出場選手及び運営スタッフの健康面を危惧する声はいまだに絶えない。
今後、米テレビ局の新たな要望があれば、タイムスケジュールの変更の可能性も出てくる。東京五輪がかかげる「アスリート・ファースト」はどこへ行ってしまうのか。商業五輪のツケを払わされるのは結局のところ、出場選手に他ならないだろう。