日銀の年明けは憂鬱なものになったようだ。年末年始の株価の世界的な乱高下、円高の急進、そして金利の低下と、大規模金融緩和からの「出口」を慎重に探り始めた思惑に冷水を浴びせる事態が続いているのだ。
黒田東彦総裁が2018年12月の金融政策決定会合後の記者会見で「日本経済は海外の動向を中心に下振れリスクが大きい」と厳しい表情で語ったように、2019年の金融政策のかじ取りは不透明感が漂う。
アップル・ショックで波乱の幕開け
年末年始の金融市場は大荒れだった。株は、2018年10月初旬にそろって年初来高値を付けた米ダウ工業株30種平均(2万6951ドル)と日経平均(2万4448円)が年末にかけて急落し、12月26日にはそれぞれ2万1712ドルと1万8948円の年初来安値を記録。その後、やや持ち直し、ダウは2万3000ドル台、日経平均は2万円台を回復している。とにかく、1日の値動きが1000ドル、1000円を超える日もあるという荒っぽさが際立つ。
外為市場の動きも激しく、円ドル相場は年明け1月3日に一時1ドル=104円台と約9カ月ぶりの円高水準に跳ね上がった。
この間の相場の混乱、なかでも年明けの動きは、米アップルが2018年10~12月期の売上高予想を、当初より5~10%低い840億ドル(約9兆1600億円)に減額修正した「アップル・ショック」が効き、年末年始で市場参加者が少なかったところに、一方向に流れやすいAI(人工頭脳)による売買指示が相場の振れ幅を拡大したと解説される。
ただ、根底には米中貿易戦争拡大の実体経済への影響が本格化し、世界経済全体が変調をきたす懸念があるのは、黒田総裁の言を待つまでもない。
こうした流れは、日銀には困ったことだ。
「出口戦略」模索したかに見えたが...
日銀は黒田総裁就任の2013年春から「異次元緩和」に着手し、物価目標「2%」を掲げて「2年で達成」をめざしてきた。だが、物価の歩みは鈍く、2018年に総裁任期2期目に入っても実現のメドは立たない。この間、「量的緩和」として国債の「爆買い」、さらに株価連動投資信託(ETF)の大量購入に手を広げ、日銀の購入で国債の流通量が落ちて限界が近づいてくると、2017年9月には「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)付き量的・質的金融緩和」、つまり「量から金利」へ政策の軸足を移し、国債買い入れを減額し、長期金利(直接には10年物国債)の利回りを0%に誘導することを政策の中心に据えた。さらに、ゼロ金利で金融機関が利ザヤ(貸出金利と預金金利の差)を稼げなくなって経営が打撃を受けるという「副作用」への批判の高まりを受け、2018年7月には、許容する長期金利の変動幅を、「プラスマイナス0.1%」から「同0.2%」程度へと2倍に拡大する「政策修正」を実施した。わずかながら金利上昇を容認し、市場機能の改善を試みたのだ。
世界的には欧米が量的緩和を打ち止めにし、特に米国はいち早く金利引き上げを進めている。デフレからの脱却が遅れる日本が取り残されている形で、日銀は「デフレが終わるまで緩和を続ける」と言い続けている。ただ、前述の副作用が無視できず、物価上昇率も、足もとで1%程度と低迷を脱するめどが立たない――こんな事情が2018年7月の日銀の政策修正の背景というわけだ。
日銀の狙いは、うまくいくかに思われた時期もあった。長期金利は8月に0.12%、10月には一時、0.15%台をつけ、黒田総裁は11月の講演で「かつてのように、大規模な政策を思い切って実施することが最適な政策運営と判断された経済・物価情勢ではなくなっている」と踏み込んだ発言をしている。黒田総裁は「2%の物価上昇目標達成が最大の使命であり、出口を議論するのは時期尚早」との立場は堅持するが、市場では「日銀が『出口戦略』にソロリと動き出した」(エコノミスト)との見方が強まろうとしていた。
しかし、貿易をはじめとする米中摩擦の激化を受け、景気悪化への懸念が拡大すると、長期金利は急低下して7月の政策修正前に逆戻り。株価が急落した年末、年始には一時、マイナス0.04%程度に沈む場面もあったほどだ。
2019年はどうなるか。
政治日程続き「動きづらい」2019年
まず、米国は、2018年12月18日に年間4回目の利上げを実施した連邦準備理事会(FRB)が、株価下落などを受け、2019年年明けに、年内に2回程度と想定されていた金利引き上げを当面、凍結する方向に舵を切ったとされる。米景気の先行きに陰りが見え始めたということでもあり、そもそも、FRBが利上げを急いできた背景には、来るべき景気後退期に取れる政策手段、つまり利下げの余地を広げるという狙いがあった。米国の景気動向によって、政策の方向が利上げから利下げに転換する可能性もあるということだ。
これは、日銀にとっては難題だ。アベノミクスがうまくいっているとされる最大の支えが円安で、異次元緩和が円安を誘発したことは誰もが認めるところ。米国が好景気で利上げに転じたことと表裏一体で円安が進んだが、米国の利上げ打ち止め、さらに利下げとなれば、日米の金利の差が縮まり、円が高くなりやすくなる。日本の金利が事実上ゼロで、これ以上の下げ余地は乏しく、量的緩和の拡大と言っても、日銀はすでに発行されている国債の半分近い470兆円も保有し、大量に買い増すのは難しい。「仮に為替相場が円高に振れても、金融政策の手立てはほとんどない」(金融筋)。もちろん、米国に「為替操作」と睨まれる市場での円売り・ドル買い介入などできるはずはない。
国内でも、原油安や携帯電話料金値下げなどで今後も物価が力強く上昇していくことは期待できそうにない。4月の統一地方選、7月の参院選、10月の消費税率引き上げという政治絡みの日程が並び、日銀は動きにくい状況が続く。2%目標の追求と副作用、さらに円高懸念という連立方程式をどう解くか。引き続き難しい政策運営を迫られそうだ。