大相撲の横綱稀勢の里(32)=田子ノ浦=が引退の瀬戸際に立たされている。初場所(1月13日初日・両国国技館)で初日から2連敗を喫し、3日目の栃煌山(31)=春日野=に敗れれば引退の可能性が濃厚となる。もう後がない稀勢の里だが、現役最後の相手は栃煌山となるのだろうか。
年6場所制になって以降、26人の横綱のうち半数の13人が休場明けの場所で引退している。その多くが序盤に連敗を喫し、「体力・気力」の限界を悟って引退を決意している。休場明けの横綱は常に背水の陣での戦いを強いられ、結果がついてこなければ覚悟を決めなければならない。
昭和の大横綱千代の富士は1991年5月場所で引退をした。この場所の初日に貴乃花(当時貴花田)と対戦し、まわしすら取れずに黒星を喫した。2日目に白星を挙げるも、3日目の貴闘力戦で2敗目を喫して引退を表明した。
「若い、強い芽が出てきたなと、そろそろ潮時だなと」
千代の富士が引退の際に発した「体力の限界。気力もなくなり、引退することになりました」とのコメントは有名だが、一方で「若い、強い芽が出てきたなと、そろそろ潮時だなと」と、貴乃花との一戦が引退の引き金となったことを明かしている。
千代の富士を引退に追いやった貴乃花もまた、新鋭の台頭を見届けるような引退だった。引退の場所となった2003年1月場所は、負傷していた右膝が完治しないまま強行出場した。2日目の雅山戦で左肩を負傷し、3日目、4日目を休場。5日目から異例の再出場を果たしたが、8日目の安美錦に黒星を喫し、現役引退を発表した。
当時24歳の安美錦は、小兵ながらも多彩な技で上位に進出し、関係者の間で評価が高く期待されていた。安美錦と初対戦だった貴乃花は、スピードについていけず送り出しで敗れた。角界を背負っていくホープに引導を渡される形での幕引きに「非常にすがすがしい気持ち」と語った貴乃花。安美錦は40歳の今もなお、十両の地位を保ち、関取として土俵に上がり続けている。
「(栃東は)強くなったか?」→「うん、うれしかった」(若乃花)
貴乃花の実兄である3代目横綱若乃花の最後の相手も印象的だった。2場所連続休場明けで臨んだ2000年3月場所。4日目まで2勝2敗で迎えた5日目の対戦相手は栃東だった。明大中野高の後輩で、栃東が入門当初からかわいがっていた。その栃東に敗れた若乃花は土俵上で一瞬、天を仰いで土俵を降りた。
支度部屋で報道陣から「(栃東は)強くなったか?」と質問されると、若乃花は「うん、うれしかった」と応じた。すでにこの時、引退を覚悟していたのだろう若乃花は、自身の引退よりも後輩の成長を喜んでいるようでもあった。この数時間後、若乃花は引退を表明した。
角界において絶対的な存在である横綱は、そのほとんどが自身の去就を自身で決してきた。稀勢の里も3連敗を喫すれば、その選択を迫られる。3日目の栃煌山とは、初土俵こそ稀勢の里が先だが同級生であり、その同級生が最後の相手となるのか。それともここから起死回生の復活はあるのか。いずれにせよ、3日目は稀勢の里にとっての大一番となる。