約10年ぶりに再会した小口雅之さん(41)の顔は、現役時に比べると幾分ふっくらしていた。待ち合わせた場所は、東京都足立区竹の塚にあるもつ料理店「大松」。エプロン姿で愛想よく常連さんと触れ合う小口さんに、元プロボクサーの面影はみられなかった。
「そういえば、あの試合も12月の今頃でしたよね」
こう口にした小口さんは、懐かしそうに目を細めた。今から13年前の2005年12月13日、その事件は起こった。小口さんを一夜にして有名にしたあの事件、そう、あの「カツラ騒動」である。記者は当時、スポーツ新聞のボクシング担当としてこの一件を取材。以来、小口さんを取材してきた。
当時、日本スーパーフェザー級の日本ランカーだった小口さんは、こともあろうにカツラを装着したまま試合を行った。ルールでは、リングでボクサーが装着可能なものは、トランクスとシューズ、そしてトランクスの下に装着するノーファールカップだけである。当然カツラはNGとなるが、それ以前にルールではカツラに関しての記述はない。
「うれしいというよりも恥ずかしかったですね。」
小口さんの前代未聞の行為は反則行為とみなされたが、日本ボクシングコミッションは試合後口頭での「厳重注意」に止めた。70年近い歴史を誇る日本ボクシング界で初の珍事だったが、対戦相手に及ぼした影響が少ないとされ、温情措置だった。
「あの試合から一気に有名になってしまって...。理由が理由だったので、うれしいというよりも恥ずかしかったですね。なにせカツラで有名になってしまったから」
この試合の模様がワイドショーで取り上げられると一気にブレイク。「カツラボクサー」としてテレビ出演のオファーが絶えず、瞬く間に「時の人」となった。東京のキー局を中心にオファーが届いたが、なぜか関西ローカル番組からのオファーも多かったという。「カツラボクサー」としての知名度は抜群で、機内で偶然隣になった笑福亭鶴瓶さん(67)からカツラについてアドバイスされたことも。また、美輪明宏さん(83)からのアドバイスをもとに、蛍光色のロングヘアのカツラを着用して入場したこともあった。
「色々な番組に出させてもらって、今ではいい思い出ですね。昔のことなのでテレビ番組の内容までは覚えていませんが、出演者の皆さんにはとてもよくしてもらったのは覚えてます」