経済産業省が鳴り物入りで改組・発足させた官民ファンド「産業革新投資機構(JIC)」がわずか3カ月で暗礁に乗り上げた一件を、大手紙はほぼ一斉に社説(産経は「主張」)で取り上げた。一部役員の高額報酬が批判を浴び、田中正明社長(元三菱UFJフィナンシャル・グループ副社長)以下の民間出身取締役9人全員が辞任し、活動休止の異常事態になったのだ。
経産省は急きょ、有識者による第三者諮問会合を立ち上げて、体制再構築を図るが、官民ファンドの存在意義を含め、大手紙の論調は厳しい。
根底には「官民ファンド」どう考えるか
今回の事態が経産省の不手際であるのは疑いなく、各紙、厳しく批判している。「経産相は『政府内で確定しているわけではない報酬案を紙でお示しした事務的失態については、深くおわびする』と述べている。過ちを認めつつも、必ず『事務的』と限定をつけるのは不可解だ」(朝日12日)、「大量辞任の事態を招いた経産省の責任は重い」(読売12日)といった具合だ。
直接には報酬をめぐる対立とされるが、根底に、官民ファンドのあるべき姿をどう考えるかという本質論がある。
毎日(6日)は今回の事態を「『官民ファンド』に内在する本質的な矛盾が噴出したといえよう」として、「官の顔には、民間があえて手を出さない、つまりリスクの高い事業を支援する役目が期待されている。一方、民の顔には、効率や成果が求められ、救済や支援といった公的責任は基本的に相いれない。......リスクの高い案件で投資を成功させるには、民間の有力ファンドに並ぶ水準で人材を集めることが必要になってくる。だが、報酬の大半は公的資金でまかなわれ、今回のような高額批判が起きかねない」と整理しているのが分かりやすい。
「手のひら返し」では納得できるわけない
官民ファンドは第2次安倍晋三政権が発足した2012年以降、各省が競うように立ち上げ、現在14ファンドあるうち12ファンドが安倍政権下で誕生した。民間は融資しにくいが成長の見込める事業を発掘し、リスクマネーを供給して新産業を育てようという、アベノミクスの成長戦略の目玉だ。
特にJICは批判の多い官民ファンドを立て直す「切り札」と位置付けられた。経営難の企業の「救済色」が強いと批判を浴びた産業革新機構を改組して9月25日、国が95%を出資し、投資能力2兆円規模という国内最大の官民ファンドとして発足した。国際金融や投資のプロを集め、迅速な投資判断ができる体制作りを進めた。
特に報酬について、JICは固定給1500万円程度に、短期と長期の業績連動報酬を加え1億円超も可能とする報酬規定を10月の取締役会までに決定したが、このベースとなる案は経産省官房長が文書にして機構側に提示していた。ちなみに、前身の産業革新機構でも最大9000万円超となる報酬規定が容認されていたことが、その後、明らかになっている。
ところが、この高額報酬を朝日が11月上旬に報じると、世間の注目度が急にアップ。世耕弘成経産相は当初、「優秀な人材をしっかり確保するための一定の相場観はある」と容認する姿勢を示していたが、経産省から聞かされていなかった菅義偉官房長官が「1億円を超えるのは、まずい」と〝却下〟したとされる。これを受け、経産省がJICに報酬案の白紙撤回を申し入れ、最終的に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)理事長並みの3150万円に下げるよう提案した。田中社長も受け入れる姿勢だったというが、報酬以外に、JICの運営に経産省の関与を強める内容も併せて求めたことからJIC側が反発し、対立は決定的になった。
結局、田中社長が12月10日に記者会見し、報酬や運営体制など「経産省が事前に示した条件を後になって反故にした。信頼関係が築けない」と同省を批判。取締役9人の辞任を表明した。この中には、取締役会議長の坂根正弘・コマツ相談役もいた。経産省の審議会の委員をいくつも務める「経産省の身内」だったが、「民間」の立場で田中社長に同調した。経産省の「手のひら返し」には我慢がならなかったということだろう。
コンセプト支持する日経・読売、一方朝日や産経は...
問題は、官民ファンドたるJICはどの道を行くべきかだ。
最も明快なのは日経(11日)で、「JICは、成長しそうな企業や技術にリスクマネーを供給する役割に徹する、と宣言し『脱・延命』を掲げた」というJIC発足のコンセプトを支持し、報酬についても「客観的に見て投資の世界では飛び抜けて高額とはいえない。それでも『財政資金を元手にした官民ファンドには高すぎて不適切』というなら、人材確保は難しくなる。投資を通じて次世代産業を育成し日本の競争力を高める、という使命の達成はおぼつかないだろう」と、民間ファンドに近い運営の必要を訴える。ただし、JIC自体には「ここまで事態がこじれるとJICの再起はもう期待薄だろう」と突き放し、他のファンドを含め抜本的見直しを求めている。
読売もこれに近く、「経営を国際金融や投資のプロに委ね、迅速な投資判断でベンチャー企業などにリスクマネーを供給する役割が期待されていた。......順調に行けば、停滞する官民ファンドを活性化させる起爆剤になった可能性がある」として、「当初、自由度の高い投資手法が認められた。ところが、発足後に経産省が『チェックが働かない』として、難色を示したとされる。ファンド運営を巡る認識の違いも、不信を増幅させた」と指摘。JIC自体に日経同様「解体的出直し」を求める。
これに対し、産経は「国の資金である。投資対象の選び方や資金回収などで説明責任が求められるのは当然だ。国による経営監視も欠かせない」と、官による一定の統制の必要を主張。「民間資金の呼び水となるような資金提供に特化するなど、有望なベンチャー企業に対する支援に機能を限定するのが望ましい」と、限定的な運営を求める。
一方、毎日(12日)は「迅速に意思決定できる組織構造、運用のプロや投資資金をグローバルに求める運営、実績に基づく報酬。田中氏らが目指そうとしたファンドが日本にも必要なのは間違いない。ただしそれは、国民の資産ではなく、あくまで民間資金を使って推進すべきものである」として、官民ファンドの存在意義自体を疑問視。朝日も「(官と民の)バランスを取りうるのか。その難題に挑んでまで期待すべき働きがあるのか」と、やはり、官民ファンドの必要性に懐疑的だ。
経産省の第三者諮問会合は2019年1月末までにJICの新たな運営方針や報酬体系をまとめ、経営陣の人選も行うというが、民間出身役員が不本意な辞任を強いられただけに、後任の選任は難航必至で、仕切り直しは容易ではない。