「格差是正」は時代のキーワードだが、税の配分となると、取られる大都市と、もらう地方の利害が真っ向対立する。1円でも多くの税収がほしいのは同じで、誰もが納得する理屈も容易に見つからない。そんな税金争奪戦が今年も繰り広げられ、多くの財源を奪われた形の東京都など大都市には恨みが残った。
中でも、小池百合子都知事にとっては「痛恨」の結果といえよう。
自民・公明両党は2018年12月14日、2019年度与党税制改正大綱を決定した。この中で、大都市への法人地方税の偏在を是正するとして、地方に再配分することを盛り込んだ。
菅官房長官が「司令塔」としてプッシュ
都から税収を吸い上げる国の作戦は周到に練られていた。総務省は6月に有識者検討会を設けて理論武装に着手し、11月に法人事業税の再配分する新制度の創設が必要とする報告書をまとめた。総務相時代、法人地方税の再配分に手をつけた菅義偉官房長官が「司令塔」として偏在是正を強力にプッシュしたとされる。
企業が納める地方税は、都道府県税の「法人事業税」と、都道府県と市町村が折半する「法人住民税」の、いわゆる「法人2税」がある。それらの一部は既に国税化され、東京など豊かな自治体から税収が少ない自治体に回されている。今回、この拡大を政府が目指し、吸い上げられる東京都が反発していた。
東京一極集中が進む中、とくに景気回復で税収格差は一段と拡大傾向にある。企業が集中する東京など大都市ほど好景気の恩恵を受けやすいからだ。地方税は全体で40兆円超の税収があり、人口1人当たりで比べると、都道府県間の格差は最大2.4倍。うち9兆円弱を占める地方法人2税に限ると、最も多い東京都と最も少ない奈良県の間で格差は6倍に跳ね上がる。
都も「危険」は察知していたが
税制全体では、主要国税の一定割合を地方に配分する地方交付税があるが、政府は地方税を含めた偏在是正が必要として、2008年度から法人事業税の一部を国庫に入れ、税収の少ない地方に配分。2014年度からは法人住民税のうち約6000億円を国が吸い上げて再配分してきた。このうち、法人事業税については消費税率を10%に引き上げる時点で再配分の仕組みを廃止、法人地方税は消費税増税に合わせて再配分の割合を拡大することになっていた。
今回、法人地方税は予定通り再配分を拡大する一方、法人事業税の再配分をなくす方針を撤回し、改めて新たな仕組みを導入することにした。具体的には、全国で総額6兆円になる法人事業税のうち3割を国税にし、人口数に応じて都道府県に再配分する。都は人口の集中度より税収が多いため、再配分により約4200億円の減収になる。法人地方税の再配分拡大の5000億円を合わせ、都の減収は9000億円規模になる。
他に大阪府と愛知県も各200億円程度の減収になる一方、大都市でも神奈川、埼玉、千葉県は100億円単位で増収になる見込みという。
都も「危険」は察知していた。
小池氏の「巻き返し」実らなかった理由
総務省に対抗する形で6月にジャーナリストの田原総一郎氏らを集めた検討会を設置し「安易に財源を取り上げ、再配分することはあってはならない」とする報告を10月にまとめたほか、都税制調査会も、過去10年の是正措置により都の税収が計2兆円以上失われたなどとして、「是正措置は地方税の存在意義そのものを揺るがし、地方自治の根幹を脅かす」と批判。小池百合子知事は「東京の『稼ぐ力』をそぎ、日本全体にとってもマイナス」と訴え、2020年東京五輪準備なども材料に、永田町にも足を運んで陳情するなど、巻き返しを図った。
だが、財政に余裕のない大半の自治体は、当然のように政府に同調。自民党税制調査会の幹部も地方選出の議員が多く、2019年の統一地方選、参院選をにらみ、偏在是正という大枠は早々に固まった。
小池知事の政治力の陰りも指摘される。本来、知事と都議会自民党はタッグを組んで都の財源を守るべく動くのが自然だが、2016年の都知事選、2017年の都議選で激しく対立した遺恨もあり、「共闘」にはほど遠い状態に。小池知事は11月になって自民党都連幹部に会い、「都議会は伏魔殿」などの過去の発言を踏まえ、「選挙で言葉が過ぎた部分があった」と釈明。12月都議会では「(過去に)言葉が過ぎたことについて、率直に陳謝申し上げたい」と、全面謝罪に追い込まれた。
さすがに、参院選東京選挙区で2019年夏に改選を迎える公明党の山口那津男代表など与党の都選出議員らは動いた。
それでも、一時は「都の減収は配分が決まっていた法人住民税の5000億円と合わせ2税計1兆円」とまで言われたのを、なんとか、前述のように計9000億円規模に押し戻すのが精いっぱいだった。小池知事は税制改正大綱決定後の記者会見で、「改悪」「将来に禍根を残す」「地方分権は死んだ」など厳しい言葉を連発して悔しがったが、逆に小池知事の影響力低下を印象付ける結果になった。
新聞各紙は冷ややかな論調
ただ、「こうした政治的力関係だけで税制を決めるのは危うい」(税制学者)ともいえる。税金は多くの利害が絡むだけに、冷静な議論が難しい宿命があり、昔から自民党税調でも、大方が納得する「理屈」が重視されてきた。このため、新聞の社説も、今回の決定には冷ややかだ。
日経は議論さなかの11月10日の社説で「政府は地方創生の柱として地方移転に取り組んでいるが、成果は乏しい。それを糊塗(こと)するのが今回の改革案ではないか」と疑問視。法人地方税、特に事業税は景気変動で大きく振れる可能性があり、リーマンショック後の2009年度には都の2税の税収が前年度から4割も減った例もあることから、税制改正大綱決定後の都内版の解説記事では、景気変動に税収が左右されにくい地方消費税を厚くして地方の財政基盤を整えることなどを推奨。読売も12月6日の社説で、「多くの人口を抱え、今後、災害対策や高齢化対応に多額の予算が必要になろう。これまで再配分を甘受してきた都が不満を募らせている事情も理解できる。そもそも、極端な偏在を生じさせない地方税体系に改めることが求められている。間接税である地方消費税は直接税の地方法人課税より、地域ごとの格差が小さい特徴がある」と、地方消費税重視を訴えている。
小手先の数字の調整でなく、地方税体系の抜本的な見直しが必要な時期に来ていると言えそうだ。