本人には会わずともバックボーンを取り込んだ
原作者の森下さんは、「表千家教授」の資格を持つ。今回の映画にも茶道関連のアドバイザーとして撮影に協力した。森下さんは樹木さんに茶道の稽古もつけた。
「撮影前、初めての稽古のとき、希林さんにはもうベースができていました。『あとは演技の直前に集中して覚えるわ』とおっしゃって、難しい『濃茶』も本番前日に私がお点前を2、3回お見せしただけで、すぐにご自分のものにされ、当日はエアーお点前で流れを確認する程度。そして、本番ではホンモノの武田先生らしい丸みのある自然なお点前になっている......本当にすごかった」と現場を振り返る森下さん。
茶道経験がないはずの樹木さんがこのようにできたのは、実は稽古が始まる前から映画のオフィシャルアドバイザーを務めた観世あすかさんと秘密の特訓をしていたそう。
また、樹木さんはプロデューサーの吉村さんに「武田先生のバックボーンを知りたい」とリクエストしていた。原作には書かれていない武田先生の生い立ちや人柄、趣味などを知ることで何か感じ取っていたのかもしれない。
そんなことをせずとも、本人に会えばいいのでは? と思ってしまうが、「ご本人に会うとマネしようとしちゃうから」とこっそり森下さんに明かしていたそうだ。
「後になってみると、ホンモノの武田先生になりきるよりも、森下さんのような方が生徒として育っていく茶道教室の雰囲気を考えて演じていたのかもしれない」と吉村さん。そうやって、映画の中の武田先生は作られていった。ものすごく美談のように聞こえるが、樹木さんの水面下の努力や映画制作にそそぐ情熱は、吉村さんには「俳優としてごく当たり前と思って行動されていた」風にも見えたという。
映画の中で使われた茶道具や掛け軸などは、森下さんが通っている実際の「武田先生(仮名)」からお借りしたもので、原作の世界がほぼそのままに再現されているという。メインの舞台となったお茶室も、武田先生の家がある同じ横浜エリアで、樹木さんが親戚の空き家を提供した。横浜は樹木さんの実家があった地域でもあり、いろんな意味で縁のある作品になった。