銀座の街にちなんだ古くからの俗語に、「銀ブラ」という言葉がある。その「正しい」語源を、あなたはご存じだろうか。
2018年11月10日放送の「日立 世界ふしぎ発見」(TBS系)では「銀ブラ」の語源に言及した。番組では一般的に知られる「銀座をブラブラ歩くこと」のほかにも意味があるという「説」があるとし、スタジオでクイズを出題。その正解として「銀座でブラジルコーヒーを飲むこと」という意味を紹介した。
「銀座パウリスタに一杯五銭のコーヒーを飲みに行くこと。」
1911年開業の老舗カフェ「銀座 カフェーパウリスタ」の相談役・長谷川泰三さんは番組中で、
「カフェーパウリスタはブラジルコーヒーに特化した専門店である。そして銀座にあるパウリスタにブラジルコーヒーを飲みに行くことを銀ブラといったわけなんです」
と説明した。カフェーパウリスタでは「銀ブラ証明書」がもらえるといい、証明書には、「あなたは本日、銀ブラ(銀座通りを歩いてカフェーパウリスタにブラジルコーヒーを飲みに行くこと)を楽しんだ事を証明します。」と記載がある――といった紹介がされた。
この「銀ブラ」=「銀座でブラジルコーヒー」説は、以前からカフェーパウリスタが中心になって紹介してきたものだ。公式サイトでも
、「語源は銀座パウリスタに一杯五銭のコーヒーを飲みに行くこと。」
「銀座の銀とブラジルコーヒーのブラを取った新語で、大正2年(大正4年説もある)に慶應大学の学生たち(小泉信三、久保田万太郎、佐藤春夫、堀口大学、水上滝太郎、小島政二郎)が作った言葉です。」
と記載している。
「日本で最初の喫茶店『ブラジル移民の父』がはじめた カフエーパウリスタ物語」(文園社、2008年)で、番組にも登場した長谷川泰三さんは、その語源を詳しく説明、
「銀座の銀とブラジルのブラを取って『銀ブラ』とした新語で、語源は慶應の学生たちが作り、流行させた言葉のようだ」
「若い学生たちの間から『銀座でブラジル珈琲=銀ブラ』という言葉が自然発生的に生まれたのではと察することができる」
とし、当時の文化人たちが「銀ブラ」や「パウリスタ」に言及した文章を複数引いている。 この説は「ふしぎ発見」に限らず、これまでも新聞や書籍などで、たびたび取り上げられてきた。あなたも一度は目にしたことがあるかもしれない。
「ふしぎ発見」放送後にネットで議論
しかしこの「銀ブラ=ブラジルコーヒーを飲むこと」説、以前より一部からは真偽を疑う声が寄せられている。
実際に、前述の長谷川さんの著書で引用されている文化人の文章のいずれにも「銀ブラ=ブラジルコーヒーを飲むこと」と明記したものはない。当時の学生たちの「銀ブラ」のルートに「パウリスタでブラジルコーヒーを飲む」ことが含まれることはあったようだが、
「三田からここ(編注:パウリスタ)まで歩いてきて、コーヒー一杯を飲む、それが銀ブラの何よりの楽しみだった」(小島政二郎「甘肌」より)
という風に、「銀ブラ」が「ブラブラ歩く」「ブラジルコーヒーを飲む」どちらの意味を指すのか定かでない。
「世界ふしぎ発見」の放送終了後も、『三省堂国語辞典』編集委員の飯間浩明さんや、ライターの杉村喜光(知泉)さんなどが疑問を呈し、ネット上では物議を醸している。
杉村さんは「世界ふしぎ発見」の放送後、以下のように投稿している。
「11月10日放送の #世界ふしぎ発見 で『銀ブラの語源』として『銀座でブラジルコーヒーを飲む』が正解となる問題がでました。番組では『銀座でブラブラ』も挙げ諸説あるとしていたけど、ブラジルコーヒー説は出典の判明しているガセです」(2018年11月12日)
『三省堂国語辞典』編集委員の飯間さんも、
「杉村さんの報告を拝見するかぎり、番組は『銀座でぶらぶら』が事実に合った語源だと知りつつ、意識的に誤った語源説を流したのでしょう。『諸説あります』というごまかしの呪文を安易に使って、フェイクを放送することに罪悪感を持たなくなった。結果として、番組全体の信用を落とすことになりました」(2018年11月12日)
と投稿。2014年7月7日にも『三省堂国語辞典』(第7版)を引用し、
「『三省堂国語辞典』では『銀ぶら』は〈東京の銀座通りをぶらぶら散歩すること〉と説明。『銀座でブラジルコーヒー』説を誤りとしています。『ブラジル』説は商業的に宣伝されだしたもので、古い文献にはありません(あるように宣伝しているが、誤り)。」
と、投稿している。
J-CASTニュース編集部は2018年11月16日、飯間さんを取材した。
「議論に値しない」とバッサリ
飯間さんはカフェーパウリスタの公式サイトに記載してある内容について、いずれも「銀ブラ」が「ブラジルコーヒーを飲むこと」の証明にはならないという。たしかにサイトにあげられている3人の文化人(水島爾保布、佐藤春夫、安藤更正)による文献の一部は、「銀ブラ=ブラジルコーヒーを飲むこと」と明記したものではない。
ではほかの根拠はどうだろうか。たとえば新聞記事などでは、作家の久保田万太郎が「ブラジルコーヒー説」に言及した、と紹介されることがある。たとえば1999年1月17日に産経新聞に掲載された記事には「作家・久保田万太郎は『一杯五銭の珈琲を飲みにパウリスタに行くことを銀ブラと言った。これが銀ブラの語源である』と書き残した」という一文がある。
だがこれについて聞いてみると、飯間さんは「その一文が書かれた文献は見当たりません」と話す。
改めて日経テレコンの新聞データベースで確認したところ、久保田万太郎の一文を取り上げた記事はいくつか散見されるが、該当の文献名を明記したものは見当たらなかった。2008年11月29日の高知新聞では「誰かに教えたくなる老舗の底力」(本間之英/篠田達著、講談社)に記載があるとしているが、この書籍にも文献名の明記はない。
飯間さんはJ-CASTニュースの取材に対し、「(銀ブラの語源は)議論に値しない。その水準に達していない」「諸説あり、としたら何でもありになってしまう」とも話していた。一方、J-CASTニュースが11月19日にTBSの広報担当者に確認したところ、「放送内容に問題はないと考えております」との回答が返ってきた。