「私は本当に、あなたが何を言っているのかわからないんです」
米中間選挙後の記者会見(2018年11月7日)で、トランプ大統領が日本の記者にこう発言し、「人種差別だ」、「日本の記者を侮辱した」と非難の声があがっている。
日本の報道でもトランプ氏を非難するトーンが強いが、彼は本当に無礼だったのだろうか。
I really don't understand you.
日本の記者が、"Mr. President, can you just?(よく聞き取れない)how you focus on the economic...."(大統領、経済にどう焦点を当てるのか...)"と言いかけたところで、トランプ氏が"Where are you from, please?"(あなたはどこの方か教えていただけますか)と質問した。
トランプ氏が日本の記者の質問をさえぎったことで、「上から目線だ」、「日本人記者を見下した態度」と見る人もいる。が、ほかの記者はまず、自分の名前と所属先を告げてから質問に入ることが多いなかで、この記者は名乗らずに質問した。トランプ氏はそういう意味もあって尋ねたのかもしれない。
トランプ氏の質問に記者が「日本です」と答えると、「OK. Say hello to Shinzo. Sure he's happy about tariffs on his cars.(そうですか。シンゾー(安倍首相)によろしく伝えてください。彼は車の関税について喜んでいるに違いない)」とジョークを言い、「質問を続けてください」と日本の記者を促した。
記者が、「How you focus on the trade and economic issues with Japan? Will you ask Japan to do more or will you change your tone?(日本との貿易や経済問題にどう焦点を当てますか。日本にもっとすることを要求しますか。それともトーンを和らげますか」と尋ねたのに対し、「I don't...I really don't understand you.(わからない...本当に、あなたが何を言っているのかわからないんです)」と答えた。
記者が質問を繰り返すと、トランプ氏が「日本との貿易ですか」と、おそらく自分が聞き取れた言葉でフォローし、こう答えた。
「日本は素晴らしい国です。あなたたちには選挙で大成功を収めた素晴らしい首相がいます。彼は私のとてもよい友人であり、最も親しい人のひとりです。でも、日本は私たちとの貿易に公平ではないと、彼にいつも伝えています」
さらに、日米間の自動車貿易の不均衡について触れ、「でも日本を非難しているのではありません。それを許した米国の責任者を非難しているのです」とし、「あなたたちが孤立していると思わないでください。日本だけではありませんので」と言い添えた。
恣意的に切り取られる言動
この記者会見ではトランプ氏が、英語が母国語ではない別の記者に対しても、「言っていることがわからない」と伝えたことから、「差別的だ」、「アクセントのある妻メラニアの英語は、理解できるのか」、「このトランプの対応が世界中に流されたと思うと情けない」といった批判が相次いだ。
一方で、米国ではトランプ氏を擁護する声もあがっている。
「トランプは本当に聞き取れなかったのだろう」、「私もこの日本の記者が何を言おうとしているのか、理解できなかった」、「日本の記者が質問することなど滅多にないので、せっかくならもう少し英語をうまく話せる人に質問してほしかった」
全世界に記者会見の様子が流れるなか、あの場で挙手するのはかなり勇気のいることだし、英語で質問するのは、相当、緊張するだろう。おそらくそれもあって、日本の記者の英語は聞き取りにくかった。focusの「f」が「h」であるなど日本語なまりが強い。
米国に住んでいるとよく感じるが、私たち日本人にはほとんど同じように聞こえる発音でも、相手にはまったく伝わらないことがある。また、日本人にありがちなように、記者の質問が漠然としていて具体的でなかった。
トランプ氏は記者の質問を、本当に理解できなかったのではないかと思う。実際、「わからない」と言ったあとで、一生懸命に聞き取ろうとしているように見える。
彼が思い切って挙手したため、日本の記者が質問する絶好の機会を与えられたのだから、トランプ氏が触れた日米間の自動車貿易の不均衡について、右ハンドル車など日本のニーズに合わせる米企業の努力の欠如を指摘するなど、もう少し具体的に突っ込んだ質問をしてほしかった。トランプ氏ばかりか米国民、そして世界中の人たちに、日本の立場を理解してもらうきっかけになったかもしれない。
今回の記者会見では、トランプ氏が米国のメディアと口論する場面もあった。CNNテレビの記者が、中米からの移民集団は「侵略者ではない」と抗議。トランプ氏が次の記者に質問を移そうとするのをさえぎり、さらに「ロシア疑惑で起訴の懸念はあるか」と続けた。トランプ氏の指示に従い女性スタッフがマイクを取り上げようとすると、抵抗。質問を繰り返した。トランプ氏が「CNNは君を雇っていることを恥じるべきだ」と非難。記者は会見後、取材記者証を一時、取り消された。
CNNの記者に対するこの処分は行き過ぎだと感じるが、トランプ氏がらみの報道では、非難一辺倒の偏った情報が流れることに疑問を感じる。発言は一連の流れの中でなされるもので、前後関係やその場の雰囲気やニュアンスも伝えなければ、誤解を生むことになりかねない。
紙面や放送時間の制約はあるが、トランプ氏の場合はとくに彼の過激な言動だけが恣意的に切り取られ、メデイアの意図に沿って報道されることが多いのではないだろうか。
(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。