2018年9月末に行われた沖縄県知事選では、地元紙を含む複数のメディアが政治家の発言などに関する事実関係を検証する「ファクトチェック」に取り組み、その報告会が10月27日に都内で開かれた。
県知事選では社民・共産や一部の企業人による「オール沖縄」勢力の支援を受けた前衆院議員の玉城デニー氏(59)が前宜野湾市長の佐喜真淳氏(54)=自民、公明、維新、希望推薦=に大勝。両陣営の著名な支援者から不正確な情報が発信されたことが明らかにされた。一方で、反論を受けて評価を訂正したり、公平性を重視して候補者の名前を載せなかったために「誰のことを言っているのかよく分からない記事」になってしまったりと、今後に向けた課題も浮き彫りになった。
「疑義言説」94件をキャッチ
今回のファクトチェックの取り組みは、ファクトチェックを支援する団体「ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)」が呼び掛け、琉球新報やバズフィード・ジャパンなど6媒体が参加。「疑義言説」と呼ばれる信憑性の疑わしい情報94件をキャッチし、13件の記事がFIJのウェブサイトに掲載された。
その中には、知名度が高い人物が「発信源」のものもあった。その一例が、鳩山由紀夫元首相が9月23日に発信した、
「玉城デニー候補も佐喜真候補も翁長さんの後継と名乗っている不思議な沖縄県知事選挙。昨日8千人集めた玉城デニー候補の決起集会に翁長樹子夫人が『頑張りましょう』と呼びかけた。これでどちらが嘘をついているかが明らかになった。嘘を平気でつくような人間を県民は選ぶはずはないと信じている」
というツイート。佐喜真氏が「翁長氏の後継だと名乗って」おり、それを根拠に佐喜真氏を「嘘を平気でつくような人間」だと批判する内容で、4700回リツイート(拡散)された。
ファクトチェック記事では、佐喜眞氏のウェブサイトの記述やインタビューでの発言、沖縄で取材している複数の新聞記者に確認したところ「佐喜眞氏が後継だと名乗ることは聞いたことがなく、あり得ない」と口をそろえたことなどを根拠に、鳩山氏の発言を「誤り」だと結論づけた。
反論で「誤り」が1段階軽い「ミスリード」に
ところが鳩山氏は10月16日、
「ツイッターに様々なご批判をいただき感謝します。最近一番ご批判をいただいたのは、沖縄県知事選で佐喜真氏は翁長後継とは言っていないとのご批判でした」
と、9月9日の琉球新報の写真をつけて反論。記事には「翁長氏遺志、両者『継ぐ』」という見出しがつき、佐喜眞氏の発言のひとつとして「翁長知事の遺志を継ぐ」と紹介する内容だ。鳩山氏はこれを根拠に、
「佐喜真氏も翁長知事の遺志を継ぐと申されていることがお分かりかと思います。聞いておられる方は沢山おられます」
と主張した。これを受けて再調査したところ、佐喜眞氏が8月24日の事務所開きで
「翁長知事が常に政府や国民に訴えてきた米軍基地の過重な負担、『その遺志をしっかりと継いで』、沖縄県の基地負担軽減を全力で取り組んでいきたい」
と発言していたことが明らかになったため、評価を「誤り」から一段階軽い「ミスリード」に訂正した。
「ゆくさー」発言めぐる論争も
FIJの楊井人文事務局長は、
「最初からこの発言を見つけ出すことが出来ていれば、こういった訂正にはならなかっただろう」
としながらも、この佐喜眞氏のあいさつでは、翁長氏の政策を継ぐのか、政治姿勢を継ぐのかについての言及がなく、
「佐喜眞さんの実際の発言と『佐喜眞さんが翁長さんの後継を名乗っている』という、元々の鳩山さんの発言には開きがある」
として、引き続き鳩山氏の発言は不正確だとの見方を示した。
公明党の遠山清彦衆院議員のツイートも「疑義言説」だとして取り上げられた。玉城氏が、衆院議員時代の実績として、沖縄県への一括交付金を
「政府与党(当時民主党)に玉城が直談判して実現にこぎつけたこと、だと自負している」
などとアピールしたことに対して、遠山氏がツイッターで
「その(編注:交付金制度の内容を決めた与野党PT交渉会議の)中に私がいるので、デニーさんの不在は、明らか。デニーさん、ゆくさーです」
と批判。「ゆくさー」とは、沖縄の方言で「嘘つき」の意味だ。
この発言を、琉球新報は9月21日の紙面で
「一括交付金の制度自体は民主政権下の2011年12月の沖縄関係予算案で初めて創設されたもので、与野党PTは翌12年3月に発足し協議しており、正確ではない」
と評価し、「偽 候補者関与はうそ」の見出しをつけて報じた。遠山氏がブログで反論したことを受けた9月27日の続報で、遠山氏は
「当時の与党の一員として関与はしていたと思うが、(候補者の言う)『直談判して実現にこぎつけた』は、一人でやったようで誇大宣伝だ」
と主張する一方で、「ゆくさー」という表現には「少し感情が入って強い表現だったかもしれない」と釈明した。
結果的に「デニー寄り」になってしまう問題
ここで琉球新報の滝本匠東京報道部長が挙げた今後の課題は、大きく2つ。ひとつが、見出しの表現上の問題だ。「偽 候補者関与はうそ」という見出しの表現は、本来は遠山氏のツイートが「偽」の意味だが、「玉城氏の関与がうそ」だとも読める。さらに滝本氏は、
「やはり『偽』と断定するのは強い言葉なので、反発、ハレーションもある」
として、白黒つけない形での事実認定も課題になるとの見方を示した。
もうひとつが、公平性の問題だ。琉球新報のファクトチェック記事には、候補者の実名が登場せず、「特定の知事候補者」といった表現にとどまっている。選挙報道としての公平性に配慮した結果だが、それが
「記事が誰のことを言っているのかよく分からない記事になって、全く記事として合格点が与えられないような記事。非常に読者にとっても不親切」(滝本氏)
ということにつながった。
FIJのガイドラインでは、
「特定の主義主張や党派・集団等に対する擁護や批判を目的とせず、公正な基準と証拠に基づいて、事実に関する真実性・正確性の検証に徹する」
ことを求めており、琉球新報もこれに従っている。だが、実際にファクトチェックを進めていくと
「デマ・中傷(による被害)が多いのは玉城デニーさんが9割。結局、選んでいくと玉城デニーさん寄りになってしまう」(滝本氏)
というのが実情だ。
琉球新報としては、
「普天間飛行場は何もないところに作った」
「沖縄は基地でメシ食っている」
といった、「沖縄フェイク」と呼ばれる、根拠がない情報に対抗するために始めたファクトチェックの取り組みだが、取り上げられる記事の数だけを比べると、玉城陣営を応援していると誤解される可能性もある。そういった中で、いかに公平性を可視化していくかも課題になりそうだ。
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)