岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
ユダヤ教徒襲撃でも消えないこの国の価値観

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イスラム教徒も動いた

   アメリカ社会の分断が再び浮き彫りになるなか、この事件については、党派や民族、信条を超越えた人たちのこんな姿もあった。

   多くの犠牲者を出した今回の事件を機に、いい加減、党派を超えて前に進もう、とSNSで呼びかける人たちが現れた。

   警官との銃撃戦で負傷したバウアーズ容疑者は、近くの病院に運ばれた。治療に当たった看護婦と医師のなかに、犯行時に容疑者が「すべて殺したい」と叫んだ、あのユダヤ人がいた。

   その後、病院長が容疑者の病室を訪れ、「具合はどうですか」、「痛みはありますか」などと声をかけた。病院長もユダヤ人で、彼の義母は事件のあったシナゴーグにいつも通っていた。

   ABCニュースなどの取材で病院長は、「ほかの病院と同じように、私たちの使命は人を裁くことではなく、助けを必要とする傷病者の治療に当たることです」と答えている。

   また、イスラム教の2つの非営利団体が立ち上がった。

「必要なことは何でも言ってください。次の礼拝で礼拝所の外に警備が必要なら、あなたたちを守るために私たちが駆けつけます。食料品を買いに行くのが不安なら、私たちがお供します」

   さらに、イスラム教徒たちはネット上のクラウドファンディングで、犠牲者の葬儀や負傷者の治療の費用を募った。「ピッツバーグのシナゴーグのためにイスラム教徒は団結する(Muslims Unite for Pittsburg Synagogue)」というページで、6時間も立たずに目標額の2万5000ドル(約280万円)を達成。日本時間の11月4日午後2時半現在で23万5000ドル(2630万円)を超えている。

   事件から1週間後の11月3日の安息日には、「ユダヤ人も、ユダヤ人でない人も、シナゴーグに礼拝に来てください」というユダヤ系団体の呼びかけで、全米のシナゴーグに宗派を越えて多くの人が祈りを捧げた。

「この事件はユダヤ人コミュニティへの襲撃というだけでなく、アメリカの価値観に対する襲撃でもあります」(ユダヤ系団体関係者)

   11月4日、前出の友人ベン、妻のデビー(50代)と電話で話した。

   「忌まわしい事件だ。またか、というのが正直な思いだが、今回、いろいろな宗派が我々に心を寄せてくれた」と残虐な事件に光を見出そうとしているようだった。

   デビーはつい数年前、ニューヨークにある自宅近くで、ユダヤ人に向かって男性が「汚らわしいユダヤ人!(Dirty Jew!)」と罵っていたと話した。

   「子どもの頃からユダヤ人であることで嫌がらせを受けてきたから、今回の襲撃事件はショックだったけれど、驚きはしなかった」と淡々と語った。

   事件直後に、ユダヤ人コミュニティに対するお悔やみの言葉をデビーに送ったとき、彼女から届いた返事にはこう書かれていた。

May we share only good tidings.

   これからはあなたと、よいことだけを分かち合えますように。

(敬称略。随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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