歴代の名王者には好敵手が
この最大の要因は井上にライバルが存在しないことだろう。白井氏にはダド・マリノ(米国)、原田氏にはポーン・キングピッチ(タイ)、エデル・ジョフレ(メキシコ)が。輪島氏には柳済斗(韓国)、辰吉氏には薬師寺保栄氏が好敵手として立ちはだかった。
一時、王座を失って人気に陰りが見えてきた亀田興毅氏も、内藤大助氏というライバルの出現により息を吹き返した。
井上自身、強敵を望んでいる。世界王座の防衛戦の対戦相手を選ぶ際には、必ず世界上位から声をかけている。だが、井上が強すぎるあまり挑戦者として名乗り上げる者がいない状況が続いてきた。今回、新旧の世界王者が参戦するトーナメント戦への出場を決めた経緯はここにある。
また、強さゆえの弊害となるのがテレビの視聴率だ。フジテレビ系で放送された9月7日の試合は、平均視聴率は8.4%にとどまった。ドラマなき70秒KO劇の悲劇だが、これでは井上の知名度が爆発的に広がることはないだろう。
早期KO決着で防衛を重ねた元世界王者の長谷川穂積氏のケースもこれと同様だった。序盤のKO勝利が続き、テレビの視聴率が伸び悩んだ。長谷川氏の場合、10度の防衛を重ねる長期政権を築いたため、晩年の知名度は高かったが、王者になりたての頃は知名度の低さが悩みどころであった。
井上陣営はこのトーナメント大会を機に米国進出を計画している。ただ、東洋人が米国のリングで成功するには、米国人またはメキシコ人のライバルが存在しない限り難しい。あのマニー・パッキャオ(フィリピン)でさえ、米国のリングに上がった当初はメキシカン相手のヒール役で、その後、実力で世界の頂点に登りつめ、名声と富を勝ち取った。
現在、日本はおろか、世界を見渡しても井上のライバルになりうるボクサーは見当たらない。井上は間違いなくその名をボクシング史に残すだろう。強すぎる天才に今後、強力なライバルが出現する日は来るのだろうか。