75歳で亡くなった女優の樹木希林さんが生前、メディアの取材に答えていた「名言」の数々が、ツイッターに投稿され、改めて感銘を受けたとの声が上がっている。
樹木さんは、個性派女優として、数々のドラマや映画で存在感を示すとともに、メディアで明かす本音トークでも度々脚光を浴びた。
「結婚は若いうち。分別がついたらできない」
その中でも、夫のロックミュージシャン内田裕也さん(78)へのコメントは、特に強烈だった。
1973年に内田さんと結婚するも、わずか1年半で別居し、81年には、内田さんが勝手に離婚届を出す騒ぎになった。
「あんなチャランポラン」。38歳の樹木さんは、臆せずに報道陣を自宅に招き入れ、内田さんがお金や女にだらしないとして、こう毒舌を吐いた。夫のDVが酷くて、自分も応戦して包丁を買いに行くほどだったことも後に告白した。
しかし、離婚する気はないとし、内田さんについて、「すごく美しい人」「やっとここから本当の夫婦に向かってね、歩いていく」などと見捨てなかった。訴訟で勝ったが、それでも別居生活が続いた。
50歳になっても、内田さんと同居したいとテレビ出演で明かした。60歳後半に入った2010年にも、来世は会わないよう気を付けたいとしながらも、「全部好きです。すべて何もかも好きです」と明言した。
そんな樹木さんだけに、ツイッター上では、特に結婚関係の名言が人気だった。最も支持を集めたのは、タレントの男性に結婚を勧めた次のような言葉だ。
「結婚なんてのは若いうちにしなきゃダメなの。物事の分別がついたらできないんだから」
樹木さんの後半生には、病気にも悩まされた。
「がんは、周囲が向き合ってくれるありがたい病気」
2004年に左目を失明して記者会見を開いたときは、1年前に朝起きると目が見えなかったといい、「やっぱり絶望しましたね」と漏らした。病気をしっかり受け止めているように見えるとの指摘には、「そんなに上等な話じゃないですけど」と言いながらも、次のように気丈に語った。
「その人の奥っ側にある、対する人の裏っ側にあるものを見て行くチャンスかなというふうに思っています」
05年には、乳がんの手術を受け、産経新聞の09年2月20日付インタビュー記事では、そのときのことを振り返って、こう感想を話した。
「がんはありがたい病気よ。周囲の相手が自分と真剣に向き合ってくれますから」
「そういう意味で、がんは面白いんですよね」
13年に全身がんに侵されていることを告白し、18年9月15日に帰らぬ人となった。樹木希林さんは、結婚でも病気でも、決して悲観ばかりせず、前向きに考えて75年の生涯を生き抜いた。それは、仕事の上でもまったく同じだ。樹木さんは15年、自らの女優人生を振り返ってこう言った。
「人間を演じていくと言う意味では、今ごろになって、ああいい仕事に就いたなあと。本当にシワになって白髪になってたるんできて、それで商売になるんですからね」
ツイッターでは、こんな名言の数々が投稿され、「熟年の『恋は盲目』は半分見えてますよね」「こんなにロックな人を僕は知らない」「生き様がカッコいいな」といった感想が書き込まれている。
(J-CASTニュース編集部 野口博之)