障害者雇用数を中央省庁などが「水増し」していた問題について、「驚いたし、呆れました」と苦笑いするのは、障害者雇用コンサルティング会社、ユニバーサルスタイル社の初瀬勇輔社長(38)だ。
実業家であり、視覚障害者柔道家というパラアスリートの顔も持つ。だから、出場をめざす2020年東京パラリンピックへの影響も懸念する。「当事者」はどんな思いで水増し問題を見ているのか。
「『ダイバーシティ』に関して良い政策を打ち出せていた可能性」
初瀬勇輔氏は同席の担当者に誘導されながら、インタビューの一室に入った。中央大学法学部在学中の19歳で緑内障を患い、「正面がほとんど見えない」。文字が見えず、PC入力などは音声認識で行っている。現在は、ユニバーサルスタイル社の代表で障害者と企業のマッチングを手がけている。
そんな障害者雇用の尽力者にとって、「水増し」問題は衝撃的だった。厚生労働省は2018年8月28日、再点検の結果、国の行政機関33のうち27で雇用する合計3460人を、誤って障害者に含めていたと発表。最も多かったのは国税庁の1022.5人(一部短時間勤務者は0.5人としてカウントされる)だ。初瀬氏は苦笑いしながら、静かな怒りをにじませた。
「知った時は驚いたし、呆れました。意味が分からない。行政は民間企業に、障害者雇用を結構厳しく指導しています。それなのに自分たちは障害者雇用してないのか? というね、いろいろ思いますよ」
国は障害者雇用促進法で、一定割合の障害者を雇うようにと定めている(法定雇用率)。国・地方自治体は2.5%(2018年3月までは2.3%)、民間企業は2.2%(同2.0%)などだ。満たしていなければ、民間企業は不足人数1人あたり月額5万円の「納付金」を支払う義務があるが、公的機関にはこの義務がない。
水増し問題は、国が自らつくった法定雇用率をごまかしていたという話にとどまらない。
「何千人という障害者が本当に省庁で働けていたら、『ダイバーシティ』に関してもっと良い政策を打ち出せていた可能性があります。
障害者を採用しないとバリアフリー化も進みません。省庁の建物の中で障害者が働く姿を具体的に想定していないので、必要性が感じられないのです。もし省庁に勤めている誰かが大ケガしたり、車いす生活になったり、目が見えなくなったりしたら、職場に居場所がなくなりますよ。
その意味で、障害者を雇用して職場環境を整えていくことは、一定の割合で必ず出る『中途の障害者』のためにも必要なんです」
「明日、あなたの心臓にペースメーカーが入ったらどうしますか」
コンサルの仕事では、企業から「障害者を雇いたいけど、どうすればいいか分からない」と相談を受けることが多い。雇用するうえで大事なことは何なのか。
「障害者の仕事というと、書類をそろえたり、単純作業をしたりしてもらおうか、と考える方が多いです。しかし、『明日、あなたの心臓にペースメーカーが入ることになったらどうしますか? あなたの仕事はすぐに単純作業に変わりますか?』という風に聞くと、『そんなことはない』と言われます。
これは突飛な想定ではありません。障害がない方も、病気や事故にあう可能性は常にあります。障害者雇用の発展は、そのリスク管理にもなります。働く人にとっては『自分の身にもし何かあっても、この会社なら頑張れそうだ』という安心感につながります。
一口に障害者といってもいろんな人がいます。知的・精神・身体、さらに個別の障害があります。障害のない人とほとんど変わらない仕事ができる人もいます。それぞれが具体的に働く姿を想像することが重要です。障害がある当事者の目線も必要になってきます。企業でも省庁でも同じです」
厚労省が18年4月に発表した推計によれば、日本にいる障害者は936万人、人口比率にして約7.4%だ。初瀬氏は「世の中にこれだけの人がいるのに、国では『当事者』が全然いないところでバリアフリー社会などの政策を考えていたのが恐ろしいです」と率直な不安を口にした。
「障害者を雇用していない人々にまともな政策が打てますか。私の知り合いで、ある省に全盲の女性が出向したのですが、受け入れまでに1年以上かかりました。理由は設備的に対応できなかったということでした。最も率先して整備していてほしい国の機関で、です」
「『延べ人数』を出すと、何万人になるのか」
障害者雇用が義務化された1976年から、つまり42年間にわたって水増しが恒常的に行われてきたことが、今回指摘されている。初瀬氏は気になることが2つあるという。
「1つは『延べ人数』です。今この時点で3460人ということですが、毎年の水増し数を足し合わせて『延べ人数』を出すと、一体何万人になるのか。どれだけごまかしてきたんだ、というのを明らかにすべきです。たとえば3460人雇用していない状態がそのまま3年間続いていれば、延べ1万人以上の障害者雇用が奪われていたことになります。毎年面接を受けて落ちた人もいるでしょう。やり切れないですね。
もう1つは、『なぜこれだけの数の機関に広まってしまったのか』。障害者と確かめるには、基本的に『障害者手帳』という明確な方法があるんです。だから機関ごとにチェック機能がはたらけば、ここまで蔓延しないはず。原因を突き止めてほしいですね。
省庁も人手不足で、障害者の採用に人的コストを割けない現状があるかもしれません。そういう時こそ民間の力を借りていけばいいと思っています」
雇用率増え続ける民間、怠慢だった国
厚労省の再点検によると、国の行政機関全体の障害者雇用率は、点検前の2.49%から1.19%に減少した。さらに9月7日の同省の発表によると、衆参院事務局などの立法機関、最高裁判所などの司法機関でも水増しが発覚。雇用率は前者が2.36%から1.31%に、後者は2.58%から0.97%に修正された。
ここまで低くなると、「そもそも法定雇用率の数字に無理があるのではないか?」という指摘もインターネット上では見られる。だが初瀬氏は、「やれないことはない」と話す。
「最新の数字(編注:厚労省の17年9月20日の発表)だと、法定雇用率を達成している民間企業の割合は約48%あるんですよ。半分くらいは達成できている。雇用率の全体平均は1.92%あって、何年も連続で上がっています。それを考えると、国がごまかしていたのはやはり怠慢と言わざるを得ないと思います。民間はやろうとしていますし、やっています」
一方、民間企業でも同様の「水増し」がされている可能性については、「ほとんどないと考えています」という。
「ハローワーク(公共職業安定所)は、企業に雇用計画書を提出させます。雇用したら名前の公表も求められるなど、チェック機能があります。だから、障害者専門の人材紹介会社が成り立つくらいに、採用活動への投資が行われています。納付金制度もあるし、社会的責務も大きい。わざわざごまかして得るものがないんです」
「パラリンピックを通じて、社会に何を起こしたいか」
大学時代は弁護士をめざしていた初瀬氏だが、障害により断念。就職では苦労した。最終面接まで進んだ2社のうち1社で人事担当から言われたのは、「採用したいけど、受け入れられる部署がない」。障害者雇用の実態として、「企業と、就職したい私のような人間とのマッチングができていない」と痛感した。その経験から、採用されたもう1社で4年半勤めたあと、起業した。
視覚障害者柔道では全国大会優勝経験がある。08年北京パラリンピックに出場し、現在東京パラリンピックをめざす現役選手。NPO法人・日本視覚障害者柔道連盟の理事もつとめる。東京大会の開幕まで2年を切るなかで国の大規模な水増し問題が発覚したわけだが、大会準備に影響が出ないか。
初瀬氏は「2020年大会そのものはこれから整備が進み、大成功すると思っています」というが、「パラリンピックを通じて私たちは社会に何を起こしたいか――」と続ける。
「それは、多様性を認め合える社会を作ることです。パラリンピックで車いすのアスリートがガンガン走っているのを見ると、『車いすの人ってかわいそうだね』なんて感覚はなくなるじゃないですか。スポーツにはそういう力があり、障害者への偏見を破壊してくれるのがパラリンピックなんです。
障害者が社会に居やすい環境が、パラリンピックを通じてできていくでしょう。今、メディアで『障害者』というワードを見聞きする機会が過去にないほど増えていますよね。車いすの人も、目が見えない人も、手がない人も、足がない人も、メディアによく出ている。特に子ども達にとっては、偏見を抱いていない時期から普通に接することになります。『障害者が居て当たり前』という感覚で育っていくと思います。
2020年大会はそうした社会ができていく転換点です。でも、今回の障害者雇用の問題は、パラリンピックを通じて構築したいところとは逆の現象かなと思いますね。少しつまずいてしまった。残念な気持ちはあります」
「50年前、女性が働くことはほとんど考えられませんでした」
今後の障害者雇用はどうあるべきか。初瀬氏が考える未来を聞くと、力強く答えた。
「50年前は、女性が会社で働くとか、キャリアを積んで役員や代表になることがほとんど考えられませんでした。でも今は女性がたくさんいるのが当たり前になってきた。これ自体すごいことなんです。
障害者の雇用は、女性の雇用を追いかけているところがあります。どの会社にも一定数以上いるのが当たり前になるはずです。その社会をどれだけ早く実現できるかが私の仕事だと思いますし、障害者雇用が目指すべきところだと思います。知恵や知識が足りないところがあれば、いくらでもお手伝いしたいと思います」
●初瀬 勇輔(はつせ ゆうすけ) プロフィール
長崎県生まれ。(株)スタイル・エッジMEDICAL、(株)ユニバーサルスタイル代表。障害者雇用コンサルタント。視覚障害者柔道家(パラアスリート)。弁護士を目指していた大学在学中、緑内障により視覚障害となる。失意の底にあったが、高校時代に打ち込んだ柔道を再開し、目標であった北京パラリンピック出場を果たす。現在、2020年東京パラリンピック出場を目指している。また、障害者雇用のコンサルティング、人材紹介サービスなどを行う㈱ユニバーサルスタイルを設立後、予防医学をテーマとし、嘱託産業医や入社後の障害者就労サポートなど、健康経営をサポートする事業を行う(株)スタイル・エッジMEDICALの代表取締役にも就任。
視覚障害者柔道の選手として活動を続けながら、障害者雇用をはじめとした障害者の社会進出に関する貢献活動や、企業の健康経営の推進を通して、ユニバーサルな社会作りに力を入れている。
(J-CASTニュース編集部 青木正典)