大坂なおみ選手がセリーナ・ウィリアムズ選手を破って優勝を果たした、テニスの2018年全米オープンの女子シングルス決勝での一連の騒動。政治とは直接、関係ないながらも、二分するアメリカがここにも現れた。
日本をはじめ海外、そして米国内でも、反トランプ派からは、「『トランプのアメリカ』を象徴する光景だった」と騒動を揶揄する声があがった。
表彰式まで続いたブーイング
ウィリアムズ選手は四大大会で違反とされるコーチの助言、ラケット破壊、「うそつき」や「泥棒」などのラモス主審への暴言などを理由に、ゲームを失うなどのペナルティを受け、17,000ドルの罰金も科された。
試合中だけでなく表彰式でも、ブーイングし続けた観客に対する批判の声は強い。悲しい表情で涙を見せる大坂選手に対してウィリアムズ選手は、「あなたを誇りに思っているわ。あなたへのブーイングではないのよ」と耳打ちしたという。
全米各紙はブーイングと涙のなかで勝利を手にした大坂選手を称賛し、ウィリアムズ選手の主審に対する抗議、それを後押しした観客、大会関係者を酷評。「全米テニスは大坂に恥ずべきことをした」などと指摘した。
ウィリアムズ選手のスポーツマンシップに欠ける言動とブーイングで、大坂選手の初めてのグランドスラム優勝は台なしになったと、大半のアメリカ人は大坂選手に同情し、「セリーナはなおみに謝るべき」と憤る人も少なくない。また、「なおみは圧倒的なパワーで勝利を手にしたうえ、わずか20才にも関わらず、礼儀正しく謙虚だった」と、これまで彼女をまったく知らなかった人もその人間性を高く評価した。
ウィリアムズが象徴するのはトランプか、ヒラリーか
テニスに詳しいニューヨーク在住のナンシー(60代)は、「セリーナのファンはルールを理解していたかどうか疑問だわ。いつものように彼女が騒ぎ立てたので、何が起きているかもわからず審判に対してブーイングしたのでは」と私に話した。
この一連の騒動について反トランプ派は、 「どんな手段を使っても勝ちたいというセリーナは、大統領選の時のトランプと同じだ」、「気に入らなければ、相手を激しくたたく。まるでトランプだ」、「セリーナも観客も、同じアメリカ人として恥ずかしい。アメリカ・ファースト。アメリカ人以外の選手には敬意も払わないのか。観客は親トランプ派に違いない」、「トランプ政権になって、アメリカ人の品格が落ちたと思われても仕方がない」などと批判している。
一方で親トランプ派は、まったく逆の捉え方をしている。
米国の政治や社会を紹介するウエブサイト「スペクテーターUSA」には、「泣き言を言うセリーナ・ウィリアムズはテニス界のヒラリー・クリントンだ(Whining Serena Williams is tennis's Hillary Clinton)」との見出しで論評が掲載された。
「思うように試合が運ばないと審判に怒りを爆発させるセリーナは、2016年大統領選で自らの敗北をさまざまな不正と他人のせいにしたヒラリーと同じだ」と指摘した。
そして、「テニスはかつて紳士淑女のゲームだったが、セリーナと彼女のファンやサポーターの不機嫌な行いは、その時代がもはや終わったことを物語っている」と結論付けている。
全米オープンの会場は、マンハッタンからも地下鉄で行けるニューヨーク市クイーンズ区のフラッシングメドウズ。観客は反トランプ派のリベラルなニューヨーカーが多いはずだとし、親トランプ派はウィリアムズ選手と観客の姿をヒラリーとその支持者に重ね合わせた。
テレビで中継を見ていたというインディアナ州に住むデイビッド(40代)は、「ブーイングしていた人たちのほとんどは、潔く負けを認められないヒラリー支持者たちだよ。負けると、子供のように騒ぎ立てる。なおみが気の毒で見ていられなかったよ」と強い口調で話した。
親トランプ派も反トランプ派も、その多くは大坂選手に同情し勝利を称えているという意味では一致しているものの、とくに反トランプ派のなかにはウィリアムズ選手を性差別の被害者として擁護する声もある。
ウィリアムズ選手は、男子選手が同じような言動をしてもペナルティを受けないはずだ、と主審を非難した。決勝戦後の記者会見でも、「私はこうして、女性の権利、女性の平等などあらゆることのために戦っている......あれ(審判のペナルティ)はセクシストの発言だと感じたのです(I'm here fighting for women's rights and for women's equality and for all kind of stuff... it made me feel like it was a sexist remark.)」と語っている。
性差別があるかどうかは、テニス界や専門家の間でも意見が真っ二つに分かれる。後日、全米テニス協会(USTA)のアダムズ会長や女子テニス協会(WTA)のサイモン最高経営責任者は、「ラモス主審や他の審判には性差別がある」と非難した。
当日、現地で観戦していたモニカ(30代)は、「男性と同じように女性が怒りを露わにすると、ヒステリックで攻撃的だと受け取られる。ゲームを失うなんて、あの審判は絶対に女性差別よ。これまでも女性として頑張ってきたからこそ、出産後、母親としてカムバックした彼女を応援していた」と話す。
「望んでいなかった勝利」という共通点
親トランプ派のなかには、今回の全米テニス協会の反応を、トランプ氏が2016年の大統領選で勝利した時のリベラル寄りのマスコミに例える人もいる。
一連の騒動で私が何より驚いたのが、表彰式で同協会の会長がショックを隠せない様子で、ウィリアムズ選手や観客らに気を使うように、こう発言したことだ。
「私たちが求めていた結果ではなかったかもしれません......でも、セリーナ、あなたは王者の中の王者です」。しかも、そのあとに続く大坂選手への祝辞はあっさりしたものだった。
2016年の大統領選でリベラル寄りのマスコミは、クリントン氏の勝利を望み、信じ切っていた。今回の全米オープンでアメリカ人のほとんどがウィリアムズ選手の勝利を望み、信じ切っていたように。
クリントン氏に対しては、祝福の言葉が用意されていても、望んでいなかった思いもかけない勝利を収めたトランプ氏には、言葉もなかったマスコミ。
大坂選手自身をトランプ氏に例えているわけではないが、大坂選手に対する今回の同協会の姿勢が、勝利を得たトランプ氏に対する当時のリベラル寄りのマスコミに酷似すると感じた親トランプ派は少なくないようだ。(随時掲載)
(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計37万部を超え、2017年12月5日にシリーズ第8弾となる「ニューヨークの魔法のかかり方」が刊行された。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。