北朝鮮の建物に掲げられるスローガンに異変が起きている。これまでは、軍事をすべてに優先させる「先軍政治」に関するものも多かったが、これが次々に姿を消している。
例えば中国との国境沿いにある新義州(シニジュ)では、「先軍朝鮮」の表記が「主体(チュチェ)朝鮮」に変わったり、壁を塗りつぶしてスローガンを隠したりするケースすらある。「先軍」隠しの理由はどこにあるのか。
「先軍朝鮮の太陽」→「主体朝鮮の太陽」
新義州は中朝国境を流れる鴨緑江の下流にあり、対岸の中国・丹東から、その様子が容易に観察できる。朝鮮戦争の際に国連軍の爆撃で破壊された鉄道橋「断橋」では、橋梁の中央部に展望台があるほか、遊覧船も運航され、中国人観光客でにぎわっている。日本人が訪問することも珍しくない。
横浜市在住の会社員、長沢善行さん(54)は16年10月に現地を訪問。当時撮影された写真では、2階建て程度の高さの建物の上には、白地に赤文字で「先軍朝鮮の太陽 金正恩将軍万歳!」と書かれた看板が。別の6~7建ての建物の上層階には横書きで「偉大な先軍政治万歳!」の文字。この建物には縦書きで「自力自強」の文字もある。
だが、J-CASTニュース記者が18年8月末に現地を訪問したところ、低い建物の看板は赤字に白文字に変わり、その内容も「主体朝鮮の太陽 金正恩将軍万歳!」に。背が高い建物については、文字があった部分が白く塗りつぶされた。北朝鮮としては、「先軍」のアピールを取りやめることにしたとみられる。
「先軍節」社説でも「金正日総書記の」を強調
その背景にあるとみられるのが、核開発と経済建設を両立させる「並進路線」の終了だ。
北朝鮮は13年の朝鮮労働党中央委員会総会で、「並進路線」を打ち出して、17年に大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射に成功したとして「国家核戦力の完成」を宣言。18年4月20日の同総会で併進路線を終了して経済成長に重点を置くことを決定。これにともなって、労働新聞をはじめとする国営メディアからは「核強国」といった単語が姿を消し、7~8月にかけて金正恩・朝鮮労働党委員長が国境地帯の工場を現地指導する様子が多数報じられるようになった。
北朝鮮が「先軍節」と位置付ける8月25日付の労働新聞では、「金正日総書記の先軍指導業績を 社会主義強国建設の誇らしい勝利に輝かせていこう」と題した社説を掲載。故・金正日総書記が「先軍政治」を推進したことを称賛する一方で、正恩氏については「(人民が正恩氏の)まわりに固く団結して社会主義強国建設の最後の勝利」を収めることの重要性を強調。「先軍」が、あくまで先代のスローガンだという点を強調した形だ。
ただ、北朝鮮は9月9日の建国70周年記念日を控えており、米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」が、大規模な軍事パレードの準備が進んでいるとする衛星写真の分析結果を発表している。このパレードの内容によっては、「先軍政治」と決別したかどうかの「本気度」が問われることになりそうだ。
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)