上から目線のサマータイム導入、大手紙は「慎重」で歩調が一致

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   2020年東京五輪・パラリンピックの暑さ対策として「サマータイム(夏時間)」導入論議が急浮上した。この夏の酷暑を目の当たりにして、五輪で時計を1~2時間進め、マラソンなどの選手の体調に配慮するというのが大義名分だ。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の要請を受け、安倍晋三首相が自民党に検討を指示した。

   だが、システムの変更という難題に加え、交通、教育など社会生活全般に影響し、健康被害も懸念されるなど問題を指摘する声が高まり、マスコミの論調も慎重論が大勢となり、当初は好意的だった世論も、反対が急増している。

  • サマータイムについては、珍しく大手6紙の論調がそろった
    サマータイムについては、珍しく大手6紙の論調がそろった
  • サマータイムについては、珍しく大手6紙の論調がそろった

森喜朗氏の要請で安倍首相が検討指示

   発端は7月27日、森組織委会長が首相官邸で安倍首相にサマータイム導入のための法整備を要望したこと。安倍首相は2018年8月7日、森氏らと再び会った際、健闘する考えを表明し、同席していた自民党の遠藤利明・五輪実施本部長(元五輪担当相)に「自民党でまず先行して議論してほしい」と指示した。

   「五輪の暑さ対策」として、一理ないわけではない。例えばマラソンは朝7時スタートの予定で、仮に2時間早めるサマータイムだとしたら、現在の5時開始ということになる。それでも、今年のような猛暑なら気温は1、2度しか違わない。

   たとえば8月14日は午前5時に24度、7時に25.7度、15日も5時が27.4度、7時が29.2度だった。ただし、太陽光で路面が熱くなる度合いは、2時間早くなれば、かなりましとはいえそうだ。

   五輪とは別に、サマータイムのメリットとして、①省エネ効果②経済効果、が主張されてきた。

   ①は、夜になってもまだ明るければ照明が節約でき、朝は暑くなる前に仕事などが始まれば冷房需要が減る。②は、外出が盛んになり、娯楽や外食など消費が増える――といったことだ。

   もちろん、①には、終業後の時間が長い分、夜の冷房需要は増え、照明はLEDが普及して省エネ効果は限定的との反論がある。②については、第一生命経済研究所が試算していて、3月下旬~10月の約7カ月間、時計を1時間早めると年7000億円の経済効果があるという。

   ただ、同研究所が2005年に試算した際の経済効果1兆2000億円からは大きく「目減り」しており、ネット通販の普及で外出しなくても買い物はできるなどの影響とみており、どれだけ効果があるか、議論は分かれるところだ。

   逆に問題点も指摘される。コンピュータプログラムの変更はコストもかかり、万一トラブルが起これば社会全体を揺るがしかねない。航空機や鉄道といった交通機関のダイヤ変更をはじめとして社会活動、国民生活全般に影響する。

   さらに、たとえ1、2時間といえども「体内時計」は機械のように変えられず、睡眠不足などから健康被害を招く恐れもある。

   具体的に想像してみよう。例えば午前9時から午後5時勤務の人は、今の7時から夕方3時の勤務になり、朝は少しは涼しくても、3時に電車に乗って帰り、あるいは3時から飲み始めるというのはどんなものだろう。中高生の放課後の部活動は今の正午ごろから夕方3時、4時という一番暑い時間帯になる。こうしたことを懸念してか、菅義偉官房長官は7月30日の記者会見で「国民の日常生活にも大きな影響が生じる」と、慎重姿勢を表明している。

EUではサマータイム廃止の方向

   サマータイムは戦後1948年、連合国軍総司令部(GHQ)の命令で導入されたが、労働強化になるとの反発で1951年までで取りやめになった。そして1990年代になると、地球温暖化対策、つまり省エネによるCO2削減として導入論が再燃し、1998年に橋本龍太郎内閣が地球温暖化対策推進大綱にサマータイムの検討をうたい、2008年に福田康夫内閣が「早期結論」を打ち出し、この間、超党派の議連などの議員立法を目指した動きもあったが、自民党内の根強い反対で挫折を繰り返してきた。今回、そうしたサマータイム積極論者が五輪を一つのきっかけに、息を吹き返した形だ。

   世界に目を向けると、サマータイムを導入する国は多いが、最近のトレンドは見直しの方向。その代表が欧州連合(EU)で、現在は3月の最終日曜日に時計を1時間早め、10月の最終日曜日に元に戻す制度を実施し、加盟国に義務付けている。しかし、健康への悪影響などを理由にフィンランドが廃止を求めたのを受け、欧州委員会が7~8月に意見を公募したところ、460万件が寄せられ、84%が廃止を望んだことから、欧州委員会は8月31日、サマータイム廃止を加盟国に提案することを決めたというニュースが流れたばかりだ。

   日本の世論も、こんな世界の動きも受け、変化してきた。安倍首相は7日の森氏と会談した際、サマータイムに前向きな考えを示す理由として、「国民の評価も高い」と述べたという。確かに、その直前のNHKの世論調査(3~5日)ではサマータイム賛成51%、反対12%、朝日の調査(4、5日実施)も賛成53%、反対32%と、過半数が賛成だった。

   ところが、問題点が様々指摘されると反対が増え、テレビ朝日の世論調査(18、19日実施)では支持36%、支持しない53%と、賛否が逆転。読売の調査(24~26日実施)でも反対が50%と、賛成の40%上回った。「当初は、『オリンピックのためなら少しくらい面倒でも』という気分で賛成が多かったのが、中身が詳しく伝わってムードが変わった」(大手紙世論調査担当者)といった分析が聞かれる。

大手紙は次々と疑問を提示

   風向きの変化には、大手新聞の論調が効いていると思われる。国民の関心が高いことから、各紙、連日のように様々に報じ、メリット、デメリットを分析するなどしているが、時間の経過とともに、慎重な論調が勢いを増し、23日までに出そろった大手6紙の社説(産経は「主張」)は、日ごろ安倍政権支持が目立つ読売、産経を含め、慎重論で完全に歩調がそろった。大きなテーマでは2016年末のカジノ解禁法案の時以来の6紙「全会一致」だ。

   具体的な最大の問題がシステム改修だ。日経(8月23日)は「まず懸念されるのはコンピューターシステムの対応だ。......やはり大がかりなシステム上の変更が必要となった『2000年問題』の場合、金融業界は前年半ばにはシステム修正をほぼ終え、点検段階に入った。米マイクロソフトも夏時間などへのシステム変更には1年以上かけるようウェブサイトで助言している」と指摘し、極めて重い課題だと強調。読売(19日)も、「ある鉄道会社は『始発を早めても、終電の前倒しは苦情が出る可能性があり、難しい』と困惑している。鉄道各社は、夜間の保守点検時間の不足も懸念している」と、具体的に指摘している。

   健康への影響については、「近年、冬時間と夏時間の切り替え時に、従来の想定以上に睡眠と健康に影響を及ぼしているとの研究結果が出ている。日本睡眠学会も、いまでも短い日本人の睡眠時間をさらに削り、健康障害を広げかねないと警告している」(朝日、12日)、労働強化への懸念では、「明るいうちは仕事を続けようという意識が抜けず、結果的に残業が増えることを心配する声がある。『働き方改革』に逆行しないだろうか」(読売)、「韓国も1988年のソウル五輪に合わせて導入したが『労働時間が長くなった』などとして撤回した。こうした過去の事例も検証してもらいたい」(産経、9日)といった指摘が並ぶ。

   今回の議論の始まり、進め方への疑問も多くが指摘するところ。「『スポーツの祭典』を錦の御旗に、2年足らずのうちに実行しようというのは、短兵急に過ぎないか」(毎日、10日)、「号令一下で人々を動かそうとするかのような発想は、あってはならない」(朝日)と、上から目線ともいえる組織委の姿勢に苦言を呈し、「五輪対策であれば、競技時間の変更で事は足りよう」(読売)と突き放す。「大会運営全体を考えての提案なのか疑問が拭えない」(毎日)のは多くの人が感じるところだろうし、まさに、「拙速は厳に慎むべきである」(産経)ということだ。

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