日銀が、金利やお金の量を操作する金融政策の修正を決めた。2018年7月30、31日開いた金融政策決定会合で、0%程度に誘導している長期金利を柔軟に調節するとして、市場金利の変動幅を2倍程度に広げ、金利の上昇を事実上、容認するのが最大のポイントだ。
現行の「長短金利操作」を導入した2016年9月以来、約1年10か月ぶりの政策の修正になる。これは、5年超にわたって続く大規模金融緩和政策の長期化を見込んだ微修正なのか、金融緩和からの「出口」への第一歩なのか、市場や専門家の見方は割れている。
実質的には、金利のある程度の上昇を容認
今回の決定のポイントは金利を含め3つ。まず、「短期金利をマイナス0.1%、長期金利を0%程度」とする現行の政策金利は据え置いたうえで、決定会合の声明に、「(長期金利は)経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうる」と明記した。会合後の記者会見で黒田東彦総裁は変動幅について、これまでの「プラスマイナス0.1%程度」から「プラスマイナス0.2%程度」へ、2倍に広げる考えを示した。実質的には、金利のある程度の上昇を容認することになる。
2つ目は、株高を支えている上場投資信託(ETF)の買い入れ見直しだ。年間約6兆円規模としていた買い入れ額は、「上下に変動しうる」として、増減を認める。と同時に、日経平均など比較的構成銘柄が少ない株価指数に連動するETFに偏っていたことを修正し、市場全体を反映する東証株価指数(TOPIX)に連動したETFの比重を高めることも決めた。日銀が実質的に筆頭株主、大株主になる例が続出していることから、特定の株式に偏らないよう改めるものだ。
この二つの政策は、超低金利による金融機関の収益悪化や国債市場の取引激減による機能低下、また、ETF購入による株価のゆがみといった副作用が無視できないところまで来ていることの反映とみられる。
ただし、第3に、「フォワードガイダンス」と呼ばれる手法を、併せて導入した。将来の政策を予告するもので、「2019 年 10 月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」として、緩和を継続すると約束した。多少の金利上昇を認めるが、緩和策はまだまだ続くと宣言して、金利が急テンポで上昇する事態は許さないという意志を示すものだ。
日銀「副作用なく進めるための微修正」
日銀が今回の政策の修正に動いたのは、2013年、黒田総裁が「2年で物価上昇率2%」を掲げて異次元緩和に乗り出したものの、未だ目標を達成できていないからで、その間に前記のような副作用が問題化し、いわば追い込まれての修正といえる。
今回の決定会合前、市場では日銀が長期金利目標の引き上げなど政策変更するとの見方が広がり、長期金利が、それまで上限としていた0.1%を超えて上昇し、日銀は「指し値オペ」(金利を決めて無制限に国債を買い入れる方式)を7月中に3回も実施するはめに陥った。極めて異例のことだ。
決定会合後の市場の動きは、長期金利が8月2日午前に0.145%と1年半ぶりの水準に上昇。日銀がどの水準まで容認するか、試す展開になり、同日午後、日銀は事前に予定していなかった長期国債の買い入れ(4000億円)を急きょ実施して金利の急上昇を抑え込みに動く――というように、市場と日銀の神経戦が続いている。
政策の修正をどう評価するか。決定会合後の声明は今回の措置を「強力な金融緩和のための枠組み強化」と銘打ち、物価上昇2%の目標達成に向け粘り強く緩和を続ける基本姿勢は変わらないとして、これを副作用なく進めるために微修正した――というのが日銀の立場。今回の決定会合でまとめた「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」は、物価上昇率見通しをまた下方修正し、2020年度の物価見通しを、4月時点の1.8%から1.6%に下げた。2%の目標の達成は21年度以降にずれ込むということになり、そういう状況で単純にこれまでの政策を続けるというのでは「政策への信任を十分に確保できない」(決定会合後の黒田総裁会見)と判断したと説明する。
「出口への第一歩」との分析も
実は、今回の決定会合では審議委員間の意見が割れ、妥協の産物としての決定だったことが、後日分かった。
8月8日に日銀が公表した今会合の「主な意見」によると、複数の政策委員が金融機関などへの副作用に懸念を示す一方、より積極的な緩和を主張する「リフレ派」とみられる委員から「緩和自体の強化が必要」との意見も出され、他方、「目標実現に向け強力な緩和を長く続けられる形とすることが重要」と、フォワードガイダンスの必要論も出た。現在の審議委員には、若田部昌澄・副総裁を筆頭に、リフレ派が3人いるとされ、結局、若田部氏を除く2委員が今回の決定に反対票を投じたことはすでに明らかになっている。
ある日銀関係者は今回の決定を、「物価見通しの一段の引き下げ→緩和の長期化→副作用への配慮」の三段階を見据えた論法と解説する。春先から物価の伸び悩みが顕著になり、物価見通しの下方修正が不可避になる中で、「追加緩和が必要」とのリフレ派の動きを封じるため、フォワードガイダンスで緩和の長期化を示し、そうなれば副作用の議論も必要という意見が通りやすい――というわけだ。実際、そうしたシナリオ通りに決定会合は運んだようで、「国債やETFの買い入れを緩めるとしたものの、数値は謳わないという配慮で、若田部氏を賛成につなぎとめ、黒田総裁は面目を保った」というわけだ。その結果、全体に、歯切れの悪い言い回しになった。
実に分かりにくい今回の決定について、「出口への第一歩」との明快な分析もある。日銀審議委員を2017年7月まで務め、早期に緩和からの「出口」を探るべきだと主張してきた木内登英・野村総研エグゼクティブ・エコノミストはマスコミへのコメントなどで、今回の修正を「副作用への対応を主眼にした事実上の正常化だ」(朝日2日朝刊、日経8日朝刊)と指摘。0.2%という長期金利の新たな上限についても、金利上昇はここにとどまらず、市場に押される形で「出口」に向かうとの見方を披露している。
いずれにせよ、2019年10月の消費税率の10%への引き上げをクリアするまで、日銀は現行の政策を続けるというレールが、ひとまず敷かれた。だが、米中貿易戦争の激化や途上国の金利暴騰、円高などショック的な状況が起こらない保証はない。大規模緩和からの「出口」がなお遠い日銀に、万一の時にとれる政策の選択の幅は、極めて狭いままだ。