95歳、名前がわかっていても行旅死亡人に
とはいえ、ホームレスは行旅死亡人の中で、必ずしも「多数派」ではない。17年度の都内の行旅死亡人81人のうち、最も多い(26人)のは、自宅や病院で亡くなるなど、身元がある程度わかるはずの人々だ。
どうして、こうした人たちが行旅死亡人となるのか。
2017年12月20日ごろ、墨田区で、一人の高齢男性が亡くなった。
遺体が見つかったのは、小さなアパートの一室だ。実際に赴くと、古びてはいるものの、手入れの行き届いた建物である。目と鼻の先には小学校が。再開発が進む一帯だが、辺りはまだ下町の風情が残っている。玄関先に立ってみると、小学校の校舎越しに、スカイツリーの頭が覗いていた。
部屋の主の名は「永井松之助」。当時95歳。とすれば、1922年(大正11年)前後の生まれ。当時の大スターだった尾上松之助にあやかった名前だろうか。晩年の日々を、生活保護を受けながら暮らしていた。
部屋には遺留品として、永井さん名義の通帳や保険証などもあった。年恰好からしても、亡くなったのが永井さんであることはまず間違いない。
ところが、だ。この男性は、「身元不明の遺体」として、行旅死亡人となった。
墨田区の担当者はこう説明する。
「この方の場合、ご存命の親族がおられなかったため、DNA鑑定などで『本人』だということを確定できませんでした。身元がはっきりわからない以上、やむなく行旅死亡人として扱うことになったのです」
もし遺体の男性が、永井さんになりすました別人だとしたら。もちろん、そんなことはまずないだろう。だが万が一そうだった場合、この遺体を永井さんとして処理すると、本来は「生きているかもしれない」永井さんを、戸籍上「死亡」させてしまうことになる。
こうした問題を防ぐためにも、男性は「本籍・住所不詳、年齢95歳位の男性」=行旅死亡人にせざるを得なかった。自治体としても、苦渋の決断だ。だが、逆に言えば、「亡くなったかもしれない」永井さんは、戸籍上そのまま「生存」し続けることになる――。