混迷を続けた財務省幹部人事がようやく決着した。セクハラ問題で辞任した福田淳一・前事務次官の後任に岡本薫明・主計局長(57)、森友学園の公文書改ざん問題で辞任した佐川宣寿・前国税庁長官の後任には藤井健志・同庁次長(55)が2018年7月27日付で昇格した。
岡本氏の後任の主計局長に、改ざん問題で国会答弁に立った太田充・理財局長(58)が横滑りし、浅川雅嗣・財務官(60)と星野次彦・主税局長(58)は留任。浅川氏は財務官4年目に突入するという異例の長期在任になる。
「ガチガチの本命」だったが...
岡本氏は予算編成の第一線の主計官、主計局次長を経て官房長を務め、実質省内ナンバー2の予算編成を取り仕切る主計局長に就くという財務省の本流を歩み、次の次官のガチガチの本命だった。その意味で、財務省的な予定調和の人事の最たるものだが、すんなり決まったわけではなかった。その「迷走」ぶりは、前代未聞の大手紙の誤報連発という事態も招いた。
スキャンダルまみれの財務省の人事とあって、世間の注目度も高く、マスコミの報道合戦は過熱した。号砲は6月2日。産経が1面トップ(東京最終版、以下同)で「財務次官に星野主税局長 財務官・主計局長ら留任へ」と「スクープ」。「方針を固めた」というかなり強い書き方だ。実は産経は5月21日に1面トップで「傷だらけの財務省 次官誰に」という囲み記事をのせ、岡本氏の昇格見送りの見方を伝え、代わって「浮上している意外な名前」として、浅川財務官と森信親金融庁長官を挙げていたから、これを修正した形だ。
「星野次官」は朝日と読売がそろって、同日夕刊1面左肩3段見出しで追いかけたが、そうした「方向で調整に入った」という含みを残した書き方。産経にはなかった「国税庁長官に飯塚厚関税局長(59)」を書いて少しだけ「付加価値」をつけたのも同じだった。両紙は3日朝刊でも再録した。
6月2日午後にはロイターも「(星野次官で)最終的な調整に入った」と流し、「複数の政府筋が明らかにした」と書き加えた。
3日朝刊では毎日が2面の左下に2段見出し相当で「財務次官星野氏検討」と、断定を避けた。いわゆる「方針原稿」よりかなり弱い「検討原稿」で、「現時点で有力だが、確証はない」ということだろう。
2トップ不在という異常事態
これをひっくり返したのが日経。10日朝刊の1面で「財務次官に浅川財務官」と、1面ハラ4段見出しで報じた。「方針を固めた」という強いトーンで、浅川氏の名鑑(数行の略歴)も載せたのは、「確定」という自信の表れだ。
だが、さらに事態は動き、毎日が24日朝刊1面左下3段見出しで「財務次官に岡本氏」と打った。「調整に入った」と、やや腰が引けてはいたが、結果良ければOKというところか。
こうした報道の混乱は、実際に水面下の調整が二転三転したからだ。次官以下の各省の幹部人事は内閣人事局が決定権を握っており、財務省も例外ではないが、今回は、安倍首相と麻生太郎財務相の関係などを考慮して基本的に麻生氏に調整を任せる形になった。その麻生氏の考えが揺れたといわれる。
6月前半までは岡本氏の昇格見送り論が強かった。次官と国税庁長官という2トップ不在という異常事態に、麻生氏は5月18日の会見で、「2人空席という状態は普通の状態じゃありませんから、きちんと対応をしたい」と述べていた。通常なら通常国会閉幕後に行う人事を、会期中に前倒しで実施したいということだ。その場合、岡本氏昇格には、(1)改ざんが行われた時期に国会対応を担当する官房長を務めていて、6月4日に文書厳重注意の処分を受け、「ほとぼりを冷ます」必要がある、(2)組織が揺れ、なお落ち着ききれない上に、新たな問題が出て新次官にも火の粉が飛ぶ可能性も否定しきれない――などから、難しいとの判断があったとみられ、改ざん問題に関わりがない星野主税局長の起用で調整が始まった。しかし、星野氏は次官レースという点ではこれまで下馬評にのぼったこともなく、省内外に異論の声が上がったという。
「本命」に落ち着いた理由
そこで、代わって浮上したのが浅川氏だ。麻生政権時代に首相秘書官を務め「麻生氏に最も近い財務官僚」とも言われ、信任は厚い。改ざん問題に関与もしていない。しかし、国際畑が長く、予算編成を担う「本流」の主計局の経験が少ないため、予算をめぐる政治家や他省庁との複雑な調整をこなせるのかという不安があった。省内では星野氏、浅川氏のいずれの場合でも、「異例の人事では組織がさらに動揺し、立て直しが遠のく」との懸念の声が噴出した。また、浅川氏については、後任の財務官と目される武内良樹・国際局長が、森友学園への土地売却交渉時に近畿財務局長を務めていたことから、世論の批判を浴びる心配もあった。
国会情勢も影響した。国会では財務省への追及が続き、答弁を担当する局長級を動かすわけにいかず、結局、人事は通常国会閉会後まで先送りするしかなかった。状況をしばらく見極める時間的余裕ができたのだ。
永田町、霞が関の空気が大きく変わったのが6月10日という。新潟知事選で与党が推す候補が当選し、安倍政権がひとまず窮地を脱する形になった。内閣支持率も40%前後で下げ止まる気配も出てくると、「岡本氏が昇格しても、それほど批判はされないのでは」(財務省有力OB)との見方も強まり、一気に岡本次官の流れができた。最終的に麻生氏も、「本命」の岡本氏による組織の立て直しを図る決断をしたということだ。
いずれにせよ、「本命」に落ち着いたのは、「『森友問題に対する批判はやり過ごせた』とみたからではないか」(朝日7月28日社説)というのが大方の見方で、麻生氏が副総理兼財務相にとどまっていることも含め、安倍政権支持の論調が目立つ産経でさえ「危機はすでに終わったかのように映る。......組織内の秩序を優先させたとみられても仕方あるまい」(31日主張=社説に相当)と苦言を呈する。同じく親安倍政権の読売も「予算編成や税制改正など、財務省本来の職務をしっかり果たすには、財務省への信頼を取り戻すことが欠かせない」(28日社説)と書くように、体制を早期に立て直し、国民の信頼回復が待ったなしだ。