アマチュアボクシングを統括する「日本ボクシング連盟(以下、連盟)」が助成金の不正流用、公式戦の不正審判などをしていたとの告発状が提出された。元WBC(世界ボクシング評議会)世界ライトフライ級王者の木村悠氏(34)は、アマボクシング界が村社会よりいびつな「集落のような狭さ」だと指摘する。
すでに連盟の山根明会長と同じ奈良出身選手を勝たせる「奈良判定」の実態も明るみに出たが、木村氏は自らのアマチュア時代には「日大判定」だったと暴露。アマチュアボクシング界とは一体どんな世界なのか、J-CASTニュースは木村氏に話を聞いた。
「そんな世界じゃ人も育たないし努力するのがバカバカしくなる」
今回の告発問題を受け、木村氏はツイッターで2018年7月30日、「アマチュアボクシングが大変な事になってる。選手がかわいそうだ...」と現役ボクサーの立場を慮った。そのうえで、
「ボクシングはムラ社会と言われるがアマチュアボクシングは集落のような狭さだ その社会独特のルールに縛られて個人の自由が尊重されない 権力を武器に会社の命令が絶対になり上にものを言えなくなる 日本のサラリーマン社会とよく似てる そんな世界じゃ人も育たないし努力するのがバカバカしくなる」
と歪んだ構造を指摘。「競技の存続に関わる問題」と危機感を募らせた。
木村氏は06年のプロ転向まで、高校から大学の7年間にわたってアマチュアボクサーとして活躍した。J-CASTニュースの取材に対し、アマチュアボクシング界の「狭さ」を次のように話す。
「競技人口も異動も多くなく、強豪は同じ監督・コーチが長年つとめることが多いです。すると、実力ある選手もそうした指導者のいるチームを選び、勢力図が変わりづらい。上位陣も長く同じ顔ぶれになりますし、リング外でも噂や何かがあると一瞬で界隈に広まります。そういう点で『集落のような狭さ』という印象がありました」
告発状は7月27日付で、日本オリンピック委員会(JOC)、スポーツ庁、日本スポーツ振興センター(JSC)などに提出された。リオ五輪代表の成松大介選手にJSCから交付された助成金240万円が、山根会長の指示で無関係の2選手とともに不正に3等分されたことや、公式戦で特定選手を意図的に勝たせる判定を審判に強要していたことなど、12項目の不正をあげ、リング内外のガバナンスが崩壊しているとの現状を訴えている。
「『日大判定』があるのを前提に試合」
山根会長には、奈良出身選手を意図的に勝たせる不正レフェリング「奈良判定」を審判に強要していた疑惑も持ち上がっている。これに近い形の判定は、木村氏のアマ時代にもなされていたという。
「当時の連盟会長は日本大学の元監督で、日大選手には『日大判定』と言われるものがあるほど優遇されていた、というのはありました。選手の間でも噂レベルではなく、日大判定があるのを前提に試合をしていたんです。自分と同じ出身の選手を優遇する点では、『奈良判定』と近いものはあります」
当時の会長とは、日大ボクシング部元監督の川島五郎氏(11年5月に死去)。監督時代は、93年から全日本大学王座11連覇を達成するなど輝かしい実績を誇る。11年3月まで会長をつとめ上げ、後任に就いたのが今の山根会長だった。
また告発では、上記の助成金不正流用に加え、2000万円規模を集めながら決算資料に計上されていないという「オリンピック基金」など、不透明な金銭の流れも複数指摘された。木村氏は川島会長時代と比べ、「私たちの時代は金銭の疑惑は聞きませんでした」と、今回の事態の重大さを感じている。
「プロに行った選手は『アマチュア追放』のような扱いに」
「集落のような狭さ」は、プロボクシングとの関係でも表れている。「プロの世界チャンピオンになった選手の8~9割はアマチュア出身です。自分を育ててくれたアマチュア界に恩返ししたい気持ちはあります。でも、プロとアマチュアには溝がある」という。
「プロに行った選手は『アマチュア追放』のような扱いになります。私と近い世代でも、八重樫東(あきら)選手(35)、山中慎介選手(35)、内山高志選手(38)ら、世界王者にまで上り詰めた選手は多かった。でも一度プロになったら、引退後に指導者などでアマチュアに戻ることは基本的にできません。文書や口頭で言われるわけではありませんが、古い日本特有の『暗黙の了解』です。非常に残念だと思います」
「今は若干変わって、元プロ選手が第2の人生として、大学や高校で指導するケースも増えてきています」というものの、「私たちがプロになる時は認められませんでした。もっとプロとアマが循環できれば人気・レベルの向上にもつながるのではないかと思います」と歯痒さを感じている。
思い出されるのは、12年ロンドン五輪で日本代表48年ぶりの金メダル獲得後、プロ転向した村田諒太選手(32)。当時、プロかアマかの進退をめぐって山根会長らと大騒動になり、連盟の理事会は、過去例のない村田選手への「引退勧告」を全会一致で決議した。木村氏は言う。
「村田選手の件はかなりモメたと思います。五輪金メダリストは日本史上2人しかおらず、アマチュア界からすれば至宝。その選手がプロに行くというので、相当引き留めたとも聞いていますが、結局『破門』のような形になりました。古い会社組織のようです。同じ業界では転職できないとか、そもそも転職自体が難しいといったような構造が、根深く残っていると感じます」
「手っ取り早いのは、外部の人材を登用すること」
アマチュアボクシングという競技自体の存続にも、危機感を抱いている。
「国体ではボクシングが隔年競技になりました。五輪からも外す議論があります。東京五輪を控える日本で、今回の告発から問題が大きくなると、競技の規模がさらに縮小していくおそれもあります」
国民体育大会(国体)では、ボクシングは23年大会以降「2年に一度の実施」に格下げとなった。日本スポーツ協会(JSPO)は各競技団体を4年ごとに評価しているが、そこでボクシングは08年に23位、12年に32位、直近の16年には41位と低下の一途をたどっていたのだ。この格下げの件は告発状でも指摘があり、「(連盟は)事態を打開するための具体的な対策を全く講じていない」「競技自体の衰退を招きかねない」と糾弾している。
また国際オリンピック委員会(IOC)は、20年東京五輪の実施競技からボクシングを除外することを継続審議している。こちらは国際ボクシング協会(AIBA)にガバナンスや審判の公平性などの疑惑が浮上しているためだ。
揺れるアマチュアボクシング界、その改革には何が必要か。木村氏は「手っ取り早いのは、外部の人材を登用することです」と話す。
「JOCから人材を派遣できればいいと考えます。たとえば日本のバスケットボール界は、トップリーグが2つに分かれ、国際団体(FIBA)からも改善要請があった中、サッカーのJリーグ発足に大きく関わった川淵三郎氏を招聘した結果、新たにBリーグを創設して統一に至りました。カリスマ性がある人物、組織を本当に良くしようという気概のある人物が入る必要があるでしょう。
会社もそうですよね。社外取締役や社外監査役という、外部の公平・公正な『目』を入れる。アマチュアボクシング界も同じようなことができればと思います。組織を変えるには、より大きな別の組織から人を呼びたい。するとJOCからの人材が候補になるでしょう」
告発状問題「ある意味チャンス」
権力構造にもメスを入れる余地がありそうだ。プロボクシング界をみると、「日本ボクシングコミッション(JBC)」がライセンス付与やルール整備などの運用面、「日本プロボクシング協会(JPBA)」が興行面を、それぞれ分担する形を取っている。木村氏は、
「プロは1か所に権力が集中していません。一方、アマチュア界は連盟という1か所に集中しているので、言ってしまえばトップが好きなように運営できてしまいます」
と比較する。
18年に入り、レスリング界のパワハラ問題や、大学アメリカンフットボールの危険タックル問題と、次々に不祥事が発覚してきた。「アマチュアスポーツはどこも似た側面があると思います。管轄組織が一元的に運営し、外からはその様子が見えない。本来問題になることをしても明るみに出ず、選手が反発しても不当な扱いを受けてしまいかねないから、泣き寝入りするしかない」と木村氏は分析。今回、ボクシングも告発状という形で関心を集めることになったが、
「ある意味チャンスです。アマチュアボクシングはプロボクシングの陰に隠れ、五輪以外ではなかなか脚光を浴びませんでした。それが、こうして世に出て議論が起きている今こそ、ガラッと体制を変えることで、ボクシング界全体の変革もできるのではないでしょうか」
と話していた。