あの「ドン」も200億費やした
ブームが起きたのは1980年だ。日本船舶振興会会長で「ドン」の異名を取った、故・笹川良一氏が食指を伸ばしたのである。プラチナのインゴッドとされるものが発見されたことで、メディアも一斉に取り上げた。議論は国会、また所有権を主張した当時のソ連をも巻き込み、国際的な政治問題に。
親族の笹川能孝氏の著書によれば、投じた私財は200億円に達したとも当時噂された。その真の狙いは、財宝を北方領土返還の交渉材料にすることだった、とも。が、金塊はついに見つからず。成果は主砲のみだった(現在もお台場・船の科学館に展示されている。ちなみに探索船には、「世界は一家 人類は兄弟」という例の文句があったとか)。
さすがにこの失敗で、日本では金塊熱は下火に。以後、ほぼ忘れ去られていた。しかし、それと入れ替わりに盛り上がったのが、韓国だ。