海底に眠る、沈没船の財宝。この言葉に、人間は弱いらしい。はるか昔から命知らずたちが、お宝を求めて海に潜ってきた。
17世紀、英国のウィリアム・フィップスは難破船の引き上げに成功、その財で一介の山師から、総督にまで上り詰めた。1枚1億円の金貨を多数積んだまま、1715年に沈没したスペインのエル・セニョール・サンミゲル号は、今なおトレジャーハンターの垂涎の的になっている。
今、韓国が「沈没船の財宝」に揺れている。その金額はなんと、15兆円近くだ。しかもそれは、日本にも縁のある話だという。
バルチック艦隊「もう一つの任務」あった?
「宝船」「150兆ウォン(約15兆円)の価値」――2018年7月17日を皮切りに、こんな見出しが韓国メディアを相次いで飾った。
「宝船発見」を報告したのは、韓国のシンイル・グループだ。15日朝、鬱陵島から1.3キロ、水深434メートルの海底で、朽ち果てた軍艦を見つけた。巡洋艦「ドミトリー・ドンスコイ」、ロシア帝国・バルチック艦隊の一隻である。
ご存じのとおり日露戦争中の1905年、バルチック艦隊は対馬沖で、東郷平八郎率いる日本海軍と戦い、大敗を喫する。ドンスコイも奮戦したが、ついに鬱陵島周辺で自沈に追い込まれた。
そのドンスコイが、なぜ今注目を集めているのか。実は、ドンスコイには総額15兆円という、大量の金塊が積まれていたという説があるのだ。
話はこうである。1904年、極東に向け出港したバルチック艦隊には、もう一つの任務があった。欧州でかき集めた莫大な戦費を、ロシア本国に届ける、というものだ。ところがその行く手は日本に阻まれる。艦長は財宝を奪われないためにも、船ごと海底に沈めた――。
問題は、財宝がどの艦にあったか。日本では、対馬沖に沈んだ僚艦「アドミラル・ナヒモフ」が、その最有力候補とされた。日露戦争直後から「財宝」の噂は広がり、大正時代には引き揚げに挑む人が出始める。2004年の朝日新聞記事には、「戦前は夏場になるとよそから人が来て、『軍艦揚げ』に挑戦した」との、対馬の高齢者の回想がある(12月20日付朝刊)。