岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
 貿易戦争と「忘れ去られた人たち」

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「『トランプがなぜ大統領になったか知りたかったら、僕の町ダンヴィルに来るといい』と、僕はいつもみんなに話すんだ。町の人たちはみんな、絶望しているよ」

その男性(ディーン、50代)は、ニュージャージー州ニューアーク発パリ行きのフライトで、私の隣にすわっていた。2018年5月下旬のことだ。米中西部イリノイ州に住む彼は、シカゴから、ニューヨークとパリ経由でレバノンの首都ベイルートへ向かうところだった。有給休暇を利用し、シリア難民のためのボランティア活動に参加するという。彼の手元には、ベストセラー本「ほんとうの天国(原題『Heaven』、ランディ・アルコーン著)」が置かれていた。

  • 「ダンヴィル市のホームページ」
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典型的なラストベルト「ダンヴィル」

   ふだんは、ニューヨークに拠点を置く世界的な金融機関グループで、ファイナンシャル・アドバイザーとして働いているという。私の仕事についても聞かれ、この連載で「トランプのアメリカ」で暮らす人たちのさまざまな声を取り上げていることに触れた。

   彼は「トランプに投票した」と言い、自分が住むイリノイ州東中央部の町、ダンヴィルについて静かに語り始めた。

「ダンヴィルにはゼネラル・モーターズ(GM)の鋳造プラントなんかがあって、労働組合が力を持っていたから、賃金もよかった。でも、工場は次々に閉鎖してしまった。仕事はメキシコや中国に行ってしまったんだ。工員たちは失業し、低賃金の仕事に転職せざるを得なくなった。家族を養えなくなり、住宅ローンが払えず、改築や修理もできない。家は荒れる一方で、不動産の価値は下がった。犯罪が増えて、町はすさんでいる。
僕の町は、忘れ去られた人々(forgotten people)が住む、典型的なラストベルト(Rust Belt=鉄鋼や石炭、自動車などの主要産業が衰退し、さびついた工業地帯)なんだよ。彼らの世界と無縁のエリートたちは、パーティでワイングラスを傾けて楽しんで、鉄工所や店で働く人たちのことなんか、忘れちゃってるのさ」

   ディーンは週末など時間のある時には、父親が残した農場で農作業もするという。その町で人々の苦悩を見て育った彼は、大統領選でトランプ氏の勝利を予想していたのだろうか。

「いや、勝つとは思わなかった。メディアの予想だって、同じだった。僕の会社の顧客にも『ヒラリーが大統領になるから、そのつもりでいるように』と言っていたよ。でも、民主党支持者が多いウィスコンシン州をトランプが獲得した時、勝利を確信したんだ。中西部ではイリノイ州を除いて、ほとんどの州をトランプが獲得した。イリノイが勝てなかったのは、シカゴがあるからだよ」

   全米でも大都市には民主党支持者が多いが、とくにシカゴはヒラリー・クリントン氏の出身地であり、バラク・オバマ前大統領の第二の故郷でもある。ディーンは「忘れ去られた町」に住みながら、その近くの大学都市にある大手金融機関でエリート社員として働き、出張でニューヨークにもよく行くという。

   つまり、ブルーカラーとホワイトカラー、両方の世界を知っているわけだ。

「トランプに投票した同僚の多くは、そのことには触れない。極秘なんだよ(It's kind of a hush-hush thing.)。とくにニューヨークなんかのリベラルな街では、それで出世できなくなるかもしれない。頭が悪いか、変わり者だと思われるからだよ。大学を出ているのに、トランプになんか投票するわけないだろってね。だから世論調査が当てにならなかったんだ。トランプを支持していながら、表向きにはそんなことおくびにも出さないわけだから。でも、株価は上がり続けているし、景気はいいし。トランプを支持しなかった同僚も、本心は喜んでいるはずだよ」
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