サッカーのロシア・ワールドカップ(W杯)でベスト16に進出し、列島を熱狂させた日本代表メンバーの中で、GK川島永嗣は批判にさらされ続けた。「ミス多すぎ」「川島出すな」。インターネット上ではそんな声が絶えずあがった。
こうした論調に警鐘を鳴らすのが、ツイッターやブログでGK情報の発信を続ける元U-20ホンジュラス代表GKコーチ・山野陽嗣氏だ。W杯での川島のプレーと、ネットの論調について何を思うのか。J-CASTニュースは山野氏に話を聞いた。
完全なミスは「セネガル戦の1失点目だけ」
川島はロシアW杯全4試合にフル出場し、失点は7。とりわけ批判された失点シーンが3つあった。グループリーグ(GL)第1戦・コロンビア戦の1点、第2戦・セネガル戦の1点目、決勝トーナメント1回戦・ベルギー戦の1点目だ。
だが山野氏は、「川島の完全なミスと言っていいのは、セネガル戦の1点目だけだと考えています」と指摘する。
セネガルのDFユスフ・サバリが、日本側から見てペナルティエリア内右から打ったシュートを、川島がパンチング。だが中途半端になり、正面に詰めていたFWサディオ・マネの足に当たってゴールネットを揺らした。
山野氏は「明らかに川島のミスです。批判されて仕方のないプレーです」とした上で、「ただ、何がミスだったのかを冷静に考える必要があります」と話す。
「『キャッチしたら良かった』という論調もありますが、確実にキャッチできる状況だったかといえば、私はそうは思いません。目の前にマネが詰めていたからです。マネが足を出してきてボールのコースを変える可能性など、様々なことが頭をよぎる状況です。意図的に一度足下に落としてからキャッチするという方法もありますが高さ的に難しいし、あるいは少しでもファンブルすれば、マネに仕留められてしまうでしょう。
こうした状況を考慮すると、まずボールをゴールから遠ざけるために、キャッチングでなくパンチングを選んだ判断は理解できるのです。しかしボールの中心に当てられず、目の前に落としてしまった。実際のパンチングは擁護できません」
コロンビア戦のFKの失点「状況を考慮すべき」
あと2つの失点はどう捉えているか。1つはコロンビア戦、日本側から見て正面やや左の位置から、MFフアン・キンテーロに直接FKを突き刺された1点だ。グラウンダーのシュートはジャンプした壁4枚の足下をすり抜けた。川島は横っ飛びしてキャッチしたが、ゴールラインの内側。ネット上では激しく揶揄された。山野氏は言う。
「難しいシュートでした。壁の下を通すFKは、世界トップクラスのGKでも1歩も動けない場合が少なくありません。『ラインの前で取れよ』と言われましたが、選手のおかれた状況を考慮していないと思います」
「ミーティングで壁は高く跳ばなくていいと言っていたが、みんなハイジャンプした」と、試合後にDF昌子源が明かしている。山野氏は続ける。
「抜かれないと思っていた壁の下にシュートが来た。それにあのコースのシュートは、壁でGKからは見えません。実際、川島はシュートが壁を抜けてから反応しました。セーブするのは困難でしょう。しかし、諦めずに食らいつきました。もしかしたら、反応しなかった方が、あるいは全く手にボールを当てられなかった方が、バッシングも少なかったかもしれません。諦めずに最後まで食らいついたから、逆に批判されるというのは、非常に酷です」
ベルギー戦のヘディング、ニアポスト付近に立った川島
もう1つはベルギー戦の1点目。川島が、ゴール前のハイボールをFWロメル・ルカクと競り合い、パンチングしたが、十分遠くに飛ばせなかった。こぼれ球もクリアできず、日本のペナルティエリア右サイドにいたDFヤン・フェルトンゲンのヘディングが、放物線を描いて川島の頭上を越え、ファーサイド(ボールから遠い方向)のゴールネットに吸い込まれた。比較的緩やかなボールだったこともあり、止められたのではないかと批判を浴びた。
ここでの川島のプレーは2か所ある。ルカクと競ったパンチングと、フェルトンゲンのヘディングへの対応だ。山野氏は順に振り返る。
「世界最高峰のフィジカルを備えるルカク(編注:190センチ・94キロ。川島は185センチ・80キロ)と競り合ったことを考えると、あのパンチングはペナルティエリア外に出すのは不可能な状況で、それでも先に触ってサイドに弾いています。触れもしないとか、目の前に弾いたのであれば『ミス』と言えますが、そうではありませんでした。
そしてフェルトンゲンのヘディングの時、川島はニアポスト付近(ボールに近い側)を守っています。危険なニアを切るのはセオリー通りです。ニアのスペースを埋めるフィールド選手もいませんでした。
『あの状況ではニアに来ない。最初からファーへの折り返しに備えるべきだった』と言う人もいます。ですが、『来ない』と言える根拠が判然としません。予想の難しいゴールでもありました(編注:距離は18.6メートル。ヘディング弾としてW杯史上最長)。ですから、失点はしましたが、防ぐのは困難なゴールであり、川島のポジショニングや対応がそこまで批判されるものとは思えません」
ネット上の川島への批判は「感情的に叩き過ぎではないか思いました」とし、「どのプレーがどういうミスなのか、根拠を示し、建設的な議論をすべきです」と主張する。
W杯で見えた「最大の問題点」
山野氏は「強豪国のGKを美化しすぎではないか」との懸念も示した。
「世界のGKは確かにレベルが高いです。しかし今大会は『あれ?』というプレーも多い。スペインのダビド・デヘアは、枠内シュート12本(PK戦含む)のうち1本しか止められなかったといいます。ポルトガル戦でFWクリスティアーノ・ロナウドの正面のシュートを後逸して失点するミスも犯していますが、デヘアのミスはなぜか『シュートが良かったからミスじゃない』と日本では擁護されています。
ポルトガルのGKルイ・パトリシオは、ウルグアイ戦(2-1)でFWエディンソン・カバーニがペナルティエリア内の斜め45度から決めた時、ファーサイドを大きく空けてしまい、そこを突かれました。しかし日本では、『カバーニのシュートが上手かった』とは言われても、パトリシオのポジショニングがどうだったかはあまり語られません。名前で選手の評価を変えるのではなく、他国のGKも同じ姿勢で評価するべきです」
W杯で見えた「最大の問題点」は、「川島批判が高じて、良いプレーまで叩く風潮ができたこと」だという。
象徴はポーランド戦の前半32分、日本の左サイドからDFバルトシュ・ベレシンスキが上げたクロスに対し、FWカミル・グロシツキがペナルティエリア内の中央で放ったヘディングシュートを、川島がラインギリギリでセーブした場面だ。だが、ネット上で「ポジショニングがズレていた。何でもないシュートをスーパーセーブに見せているだけ」という批判もあったとして、山野氏は言う。
「ベレシンスキはクロスだけでなく、直接シュートもあれば、ニアサイドに走り込んでいたFWロベルト・レバンドフスキにスルーパスを出すなどの選択肢もありました。
川島は、一番危険なニアへの直接シュートとスペースへのパスに備えてポジションを取りました。するとクロスをダイレクトで上げられたので、次の対応として素早くステップを踏み、今度は中央で待つグロシツキのシュートに備えました。その一連の流れがあって、あの窮地を切り抜けたのです。紛れもないスーパーセーブですよ。
称賛されるべきなのに、価値を落とすような言動がされました。一度『川島はダメだ』という空気ができると、全てのプレーが否定されるようになっていったと感じます」
「川島を叩く前に、川島を超えるGKが出てこないと」
「ポジショニング」という言葉が今大会、ほとんど批判材料としてしか使われなかった点も憂慮した。
ベルギー戦の後半31分。MFナセル・シャドリがゴール前で打ったヘディングシュートを、川島は横っ飛びでセーブした。すぐに体勢を整えた。サイドへのこぼれ球からクロスを上げられると、素早く移動。中央のルカクが正面高めに打ったヘディングシュートをのけ反りながらセーブし、ピンチを免れた。
このプレーへの論調について山野氏は、「『正面だから(止められて当たり前)』と言うだけで、『ポジショニングが良かったおかげ』という評価はほとんど見られませんでした」と嘆いている。
川島への批判と同時に見られたのが、「控えの東口順昭や中村航輔だったらもっと上に行けた。チャンスを与えるべきだった」という声だった。これに対する山野氏の考えは「チャンスは与えられてきた。しかしモノにできなかった」というものだ。
「西野朗監督もバヒド・ハリルホジッチ監督も、これまでに2人をテストしてきました。しかし、川島から正GKを奪取できるだけのパフォーマンスは見せられませんでした。だからW杯で起用しなかった。代表は勝利のために今ある力を発揮する場であり、育成の場ではありません」
ロシアW杯出場決定後、東口はハイチ戦(3-3)、中国戦(2-1)、中村は北朝鮮戦(1-0)、韓国戦(1-4)、マリ戦(1-1)に出場。W杯直前のパラグアイ戦(4-2)には、前後半45分ずつ出場機会を得ている。
2人に限らない。川島が所属クラブを失った時期(15年6~12月)以降、代表のゴールを長く守ってきたのは西川周作だった。だが川島は、16年8月に現在所属のFCメス(フランス・リーグアン)に移籍すると、第3GKから正GKまで上り詰めた。代表でも再びチャンスが与えられると、これをモノにし、正GKに返り咲いた。
「川島を叩く前に、川島を超えるGKが日本で出てこないといけません。『(ドイツの)ノイアーや(ベルギーの)クルトワだったら止めていたのに...』などと無い物ねだりをしても意味がありません。日本での人材発掘とレベルアップが必要なのに、それに反するような形で叩いてばかりの風潮には危機感を抱きます」
「悪いプレーは厳しく、良いプレーは称賛する」
こうした点から山野氏は、次世代への影響を危惧している。
「スマートフォンやPCが普及している時代です。ネットで理不尽に叩かれているのを今の子どもたちは見るでしょう。それでGKに魅力を感じるでしょうか。
GKは失点した時、自分に過失やミスがなくても叩かれたり、後ろめたさを感じたりします。その中でいつ喜びを感じるかと言えば、一番はファインセーブでゴールを守り、『ありがとう助かった!』と周りが称えてくれる時です。
その励ましがモチベーションになるのに、今の川島に対するような評価をされたらGKのやりがいがありません。川島はプロとして強靭なメンタルで己の仕事をやり抜きましたが、他の日本人GKならメンタルが崩壊していたかもしれません。ファインセーブまで粗探しをされ、価値を落とされる。極めて危険な流れだと思います。GKをやろうという子どもが消えますよ」
GK人気が高いドイツのサッカー専門誌『キッカー』では、ロシアW杯GL第3戦ベスト11のGKに川島を選出した。日本人選手が同誌でベスト11に選ばれたのは、今大会では川島が初めてだった。「ポーランドとの大一番で、日本のGL突破を確実なものにした」との評価だ。「優れたプレーは最大限称賛するという文化があります。それが『GK大国』たる由縁なのかもしれません」と山野氏は話す。
川島は10・14・18年とW杯3大会連続でゴールマウスに立った。現在35歳。次代を担うGKの育成は急務だ。ファン・サポーターやメディアにできることは何か。
「悪いプレーやミスがあった時に厳しい目で論じるのは、もちろん重要です。同時に、良いプレーをした時は最大限に称賛する。感情的にではなく、根拠をもって冷静に評価していくことが必要です。
メディアは、失点したら問答無用で採点を低くするのではなく、ミスが失点に直結する責任あるポジションだからこそ、活躍した時は英雄になれるような土壌をつくっていってほしい。テレビも、ゴールシーンだけでなくGKのファインプレーまで流してやる。そういった積み重ねがあれば、『GKをやりたい』と思う人が増えてくるのではないかと思います」