日立製作所が英中部アングルシー島で計画する原子力発電所の新設事業が、なんとか継続することになった。英国政府が出資を検討すると表明し、日立との間で事業継続に合意したものだ。ただ、電力買い取り価格や民間企業などからの出資金集めなど積み残しの課題もあり、着工まではひと山もふた山もありそうだ。
クラーク英ビジネス・エネルギー・産業戦略相は日立との間で合意が成立した2018年6月4日、英下院で「英政府は日立や日本の政府機関などとともに、原発への直接出資を検討する」として日立と本格的な協議を始める考えを表明。「重要な次の段階に入った」と語った。日立は翌5日、「これまでの協議の成果などを確認できた」と応じる声明を出した。
英政府が「手厚い支援」
詳しい合意内容は公表されていないが、概ね以下のような内容とされる。
まず、3兆円の総事業費のうち2兆円超を英国側が融資。残りの約9000億円は日英それぞれの政府・企業が3000億円ずつ、日立が3000億円を負担する――という。
そもそも、どういう計画が、どういう経緯で今日に至ったのか。日立が英原発子会社「ホライズン」を通じ、改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)2基を建設、2020年代前半に稼働させる計画を打ち出したのが12年。だが前年の東日本大震災に伴う福島第1原発事故を受け、安全対策の強化などでコストが想定以上に膨らみ、総事業費は当初の見込みを大幅に上回る3兆円規模に膨張。このため、日立はリスク回避に向けて英政府に資金支援などを求めてきた。18年に入って、2月に英国政府に対し「支援がなければ撤退する」と通告。5月には経団連会長就任間近の中西宏明会長が訪英してメイ首相と直談判もした。
英国側は北海油田が枯渇していく中で、既存発電所の老朽化などを背景に電力不足を懸念していた。それが、日立の計画に対する異例とも言える手厚い支援に走らせた。
だが、クリアすべき課題はなお多い。
まず、出資者集めだ。日立はリスク回避のため、事業への出資比率を50%未満に抑えることを至上命令としており、そのために、英国政府と合意した出資の枠組みで、何が何でも日本の政府と企業に出資してもらわなければならない。日本政府は「日本の原子力の技術、人材基盤の維持・強化にも貢献できる」(世耕弘成・経済産業相=5日)と歓迎するが、民間から集めるのは簡単ではない。日本企業による出資のための借金には日本政府の保証がつく方向だが、金融機関などは安全対策費の高騰などによる損失拡大を懸念しているという。民営化途上の政府系金融機関である政策投資銀行でさえ、経産省からの750億円とされる出資要請に難色を示し、半額程度の意向を示しているという。
どうなる電力の買取価格
もうひとつ、発電した電力の買い取り価格もある。英国では、二酸化炭素(CO2)の排出を抑制するため、原発で発電する電力の買い取り価格を政府が保証する制度がある。英国政府は保証価格を1メガワット時(1000キロワット時)当たり77ポンド(約1万1000円)前後とする案を日立に提示している模様で、80ポンド以上を要望している日立との開きはなお大きい。フランス電力や中国企業が参画して計画が進む英南西部の原発では、同92.5ポンドに設定されたが、「高すぎる」と国民の反発を招いている。風力など再生可能エネルギーの発電コストが下がっていることも、日立への保証価格を抑える方向に作用するだけに、日立は「経済合理性を最優先に交渉に臨みたい」(東原敏昭・社長兼最高経営責任者=6月8日)と、慎重に協議していく構えだ。
実は、日立の英国の事業は、日本が抱える海外での原発案件で最も有望なもの。東芝は米国での4基の原発建設計画で1兆円を超える巨額損失を計上し、手がけていた傘下の米原子力大手ウエスチングハウス(WH)は経営破綻した。三菱重工業がトルコで進める4基の新設計画は事業費が当初の2倍以上の5兆円規模に膨らみ、採算性が不透明になるなか、企業連合の一角から伊藤忠商事が離れた。
日立は最終的に2019年中に英国事業の継続か、撤退かを判断するが、厳しい交渉と難しい判断が待ち構える。